第13話 女王の号令
アニス王国の王城にある城門前に、アニス王国騎士団の屈強な精鋭達5千人が集まっていた。
まだ日が昇ってからそれほど経っていないにも関わらず、騎士達全員が真剣な顔で整列していた。
普段城内に居る時の様な軽装ではなく、しっかりと金属の鎧を纏っている。イリア式スパルタ教育を乗り越えて来た精鋭中の精鋭だ。
カイル騎士団長を先頭に、王城2階のテラスをじっと見つめている。暫くすると、テラスに宰相のミルド公爵と女王イリアが姿を現す。
「総員、敬礼!」
カイルの掛け声に合わせて、騎士達が右腕の拳を左胸に当てる。この国における、騎士達の最高位の臣下の礼だ。
一糸乱れぬ洗練された動きで敬礼をした騎士達は、直立不動でイリアの言葉を待つ。昨夜の内にアニス王国南部で起きていた大規模な窃盗事件の首謀者が判明した。
モーラン共和国の軍部が、周辺諸国の農村から作物を組織的に盗んでいたのだ。幸いにも現在のアニス王国の食料庫に問題はない。
しかし大陸南部は不作に悩まされている。モーランより南の国など、農村部に深刻な被害が出ている事も予想されていた。
「モーランの軍が我が国の農村から、貴重な作物を盗難していた事はもう聞いているでしょう」
ここに居る全員が知っている事だ。今更そこに疑問や驚きを抱くものなど居ない。真剣な眼差しでイリアの次の言葉を皆が待つ。
「到底許されぬ行為であり、このまま黙っている訳には参りません」
騎士団に所属している者には、田舎の農村育ちの者も居る。そう言った出自の者達からすれば、腸が煮えくり返る思いだ。
彼らは農民達の苦労を知っている。温かい季節はまだ良いが、冬季が厳しいアニス王国では冬に向けた備蓄が重要だ。
だと言うのに故郷の者達が、村に残った友が苦労して収穫した作物を卑劣にも奪い去った。怒りに震える農村出身の騎士達は、静かに闘志を燃やしていた。
「普通なら抗議文を送り、返還と謝罪を要求するのでしょう」
人的被害は軽いもので、殆ど無いに等しい。いずれの場合も深夜にひっそりと盗んで行くからだ。
イリアの言う様に、普通ならば先ずは抗議から入る所だろう。もしくは多少の小競り合いを国境で行うか。だがこの国は違う。この女王はそうではない。
「そんな生温い対応を
でなければこんな風に、完全武装の騎士団を集めない。精鋭に絞って5千人も集めたりはしない。
それを騎士達は良く分かっている。なにせ目の前に居るこの女性こそが、自分達を魔の森に放り込んで鍛えた張本人なのだから。
「盗賊団を国扱いする必要などありませんわ。下劣で愚鈍な犯罪者です」
騎士達が真剣にイリアの言葉を聞き続ける。そうだそうだと農村出身者達が心の内でイリアに賛同の声を上げる。
城門前に集まった、5千人の騎士達の興奮が徐々に高まって行く。以前の様に周辺国から馬鹿にされていた頃とは違うのだ。
「奪われたら奪い返すのが我が国の在り方です。倍返し程度では済まさない」
少しずつ高くなって来た朝日が、騎士団とイリアを照らし始める。イリアの持つ美しい黒髪と、紅い瞳が陽光を受け輝きが増す。
その絶世の美女と評される美しい顔、その口元がニヤリと嗤う。暴君として、そして魔女としてイリアは宣言する。
「奪いなさい、その土地ごと! モーランの大地は私が全て貰い受けますわ」
「「「「ウオオオオオオオオ!」」」」
早朝にも関わらず、王城から男達の叫び声が響き渡る。何事かと城壁を歩いていた猫が驚いて逃げ出す。
前回のオーレル帝国による戦争では、騎士団に何の活躍の機会も無かった。あっさりとイリアが終結させてしまい、まだ鍛錬の最中だった騎士達は何も出来なかった。
強者こそ正義と言う機運が高まり始めた時期に、戦争に参加出来なかった事を彼らは悔いていた。まだ女王に任せて貰える程の力が無いと言われたのも同じだからだ。
しかし今回は違う、女王の命に従い自分達が戦うのだ。事実上はカイル率いる新生騎士団の、初めての大規模な戦いとなる。
それもあって集まった5千人の騎士達は非常に士気が高い。おまけに今回は先に喧嘩を売られている。
そして何より実害が出ている。前騎士団長の時代と違い、今の騎士団にそれで黙っている者など居ない。
「カイル騎士団長、迅速に評議会を制圧し私に勝利を齎しなさい」
「はっ! 必ずやご期待に応えてみせましょう!」
カイルにとっても今回の件は大きな意味を持つ。自分を見出してくれたイリアの為、そしてアニス王国の南部で盗みを働いたモーラン共和国にそのツケを払わせなければならない。
もしここで中途半端な結果を出せば国のメンツにも関わる。他国はもちろんの事、魔族にもしっかりと示さねばならない。
イリア女王の治めるアニス王国に手を出せば、どんな末路を辿る事になるのかを。特に忠誠心が高いカイルのやる気は最も高いと言って良い。
「さあ行きなさい騎士達よ、貴方達の成長を私に見せて頂戴」
「全隊! 出陣!」
カイルの号令と共に、用意されていた軍馬に次々と騎士達が跨って行く。洗練された動きで、素早く馬を操り移動を始める。
それに合わせて開放された城門から、騎士達が続々と出撃して行く。その姿を眺めながら、イリアは楽しそうに笑った。
「これでまた一歩、前に進めますわね」
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