第14話 共和国が消える日

 モーラン共和国の評議会では、ちょっとした騒ぎになっていた。アニス王国に向かわせた部隊から連絡が途絶えて3日が経過していた。

 22歳の小娘が治める国の、お飾りの騎士団に何か出来ると彼らは考えていない。最近の報告では、アニス王国の騎士団が以前より優秀になっていたと書かれていた。

 しかし元々が貧弱過ぎる騎士を名乗るのも烏滸がましい連中が、前より優秀になった程度で大袈裟だと切り捨てもした。

 新たに傭兵団を雇い入れた可能性も考えられたが、そんな報告は一切入っていない。


「おいロバート! どうするつもりだ!」


「ワシに聞かれても困る! 何が起きたと言うのだ」


 評議会議長のロバート・モリスンに議員達が問いかける。残された可能性としては魔物の襲撃だが、部隊が全滅する程の魔物が最近現れたという報告もない。

 ならば魔族かとも考えられたが、そもそも魔族はアニス王国には近付かない。魔女だ聖女だと小娘を恐れる魔族を、評議会の重鎮達は馬鹿にしているぐらいだ。

 すぐにその可能性は議題から排除された。モーランもまた魔族領と隣接する国だ。当然軍事力はそれなりのモノがある。


 それ故のプライドと、驕りや慢心が評議会には漂っていた。だから気付く事が出来ない、アニス王国が本当に強い国になった事実に。前王の治世で弱体化したアニス王国しかまだ良く知らないからだ。

 もうすぐハルワート大陸中の国家元首や代表が集まる大陸会議が行われる。その際に小娘を手籠めにし、アニス王国との交易を有利にしてやろう。そんな風にロバート議長は考えていた。


「大体使いをやっただろう! そっちはどうなった!」


「それが……まだ戻っておりません」


「それでは何も分からないではないか!」


 微妙に広がりつつある不穏な空気と、何も分からない現状にロバートは苛立ちを隠せない。

 隠密行動に長けた部隊に、近隣の国々から少しずつ作物を奪う作戦を考えたのはロバートだ。

 不作による国内の疲弊と不満が、評議会の影響力を揺さぶりつつあった。そんな状況を打破する為の策であったが、ここに来て翳りが見え始めた事で議会の空気は非常に悪い。

 もし万が一バレでもしたら、大陸会議で各国からバッシングを受けるのは確実。関税を上げる様な経済制裁を加えられたら、今のモーラン共和国は大ダメージを受ける。そんな危機感が議員達に生まれつつあった。


「だから俺は辞めろと言ったのだ!」


「貴様! 結局最後は賛成したではないか!」


 良い歳をした中年の男性達が大人気もなく諍いを始める。自分達の国のトップがこの有様だと、モーラン共和国の国民達が知れば怒り心頭だろう。

 こんな状況で何を馬鹿な事をしているのだと。収穫期が不作に終わり、国内の状況は最悪に近い。

 評議会と議員達が貯め込んだ金銀財宝を売り払えば解決は出来る。しかし彼らにそんな気は更々無かった。

 権力と私欲に溺れ、かつての栄光に縋る者達の醜い争いを続けるだけだ。そんな彼らの元に緊急の伝令が届く。


「た、大変です! 襲撃です!」


「はぁ? 何を言っている?」


「ですから! アニス王国の騎士団がもうすぐそこまで……ガハッ!?」


 伝令を伝えに来た兵士の、胸元から刃が飛び出す。足下にポタポタと血液が滴り、背後から突き刺された剣先が抜かれると一気に血液が流れ出し兵士は倒れ伏す。

 先程まで中年男性の言い争いが行われていた会議室に、血の匂いが充満して行く。突然の凶行に、議員達はろくに反応も出来ていない。

 恐る恐るこんな事態を引き起こした元凶に目を向ける。そこに居たのは、白銀の立派な金属鎧を着た美丈夫。

 騎士団の再編時に改められた、裏地は真紅で表面は黒と言うイリアを思わせる配色のマントを羽織った騎士団長のカイルだった。


「大人しく投降しろ」


「な、何だ貴様! 怪しい奴め! 衛兵! おい、誰かおらぬのか!?」


「無駄だ。もう評議会は制圧した」


「ば、馬鹿な……」


 ロバートが叫んでも、誰も助けに現れない。そして伝令を伝えに来た兵士の最後の言葉。アニス王国の騎士団と言う言葉が議員達の脳裏に浮かぶ。

 この男がアニス王国の騎士だと言うのかと、彼らは動揺を隠せない。背筋が凍る程の強烈な殺意と、今すぐにでも膝を着きたくなる様な圧力を感じさせる男がアニス王国の騎士にはとても見えなかった。

 そして徐々に理解し始める。自分達の考えが、甘かったと言う事実を。部隊から上がっていた報告は、何もかも真実であったと言う事に。


「陛下、制圧完了です」


『予定通りね、騎士団長。流石ね』


「いえ、陛下に比べれば自分などまだまだ」


 遠距離通信用の魔導具を使い、カイルはイリアへと連絡を入れた。この魔導具は最新式の物であり、イヤリング型の非常に携帯性が高い品だ。

 見た目だけなら小さな水晶がぶら下がっているだけなので、一目では通信用の魔導具と分からない点も旧型より優れた点だ。

 旧型はもっと大きな箱で、一般的な調理用の鍋に近いサイズだ。それをこれだけ小さく出来たのは、イリアが昔ロッジで読んだ魔導書から得た知識が関係していた。

 そしてそんな風に連絡をしたのは当然理由があった。カイルの連絡から1分と経たずに、ドス黒い円がカイルの隣に出現する。

 カイルは見慣れているので全く動じないが、初めて目にした評議会の議員達は驚き騒ぎ始める。


「静かにしていろ!」


 カイルの一喝に議員達は黙るしかない。彼らにしてみれば、明らかに異常事態だと言うのに平然としているカイルが異様に見えた。

 一体何が起きるのかと恐れる議員達の前に、長身の男が現れる。2m近い身長に、後頭部で1つに纏めた輝かしい銀髪。

 人間とは思えない程に美しく、どこか病的に見える容姿をしていた。その男が持つ圧力はカイルの遥か上を行き、議員達の息が詰まり呼吸が荒くなり始めた。


「さあ、手を」


「ええ。ありがとうアル」


 男が差し出した色素の薄い手に、真っ白な手が乗せられた。続いて現れたのは、真っ赤なドレスを着た若い女性。

 腰まである漆黒の髪に、真紅の瞳を持つ絶世の美女。評議会の重鎮達はその顔を見た事がある。

 これまで容姿に恵まれただけの小娘と侮っていた存在。女王就任の挨拶映像でだけ見た隣国の女王。アニス王国の暴君、イリア・アニス・ハーミットだ。


「貴方達が盗賊の親玉ですか」


「な、何を、お前は……」


「盗賊団の親玉は、我が国では処刑なのですがモーランではどうしていらっしゃいますの?」


 表情こそにこやかではあるが、視線に籠められた威圧は凄まじい威力があった。アルベールからの圧力とはまた違った迫力に負け、気絶する者まで現れた。

 恐怖のあまり失禁してしまったロバート議長は、パクパクと口を開閉するのみだ。議員達は皆が思った、これのどこが小娘なのかと。

 同じ事を考えたモーラン共和国の諜報員は、もう既にこの世には居ない。そしてこの日、モーラン共和国という国名は地図から消え去った。

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