第15話 イリア・ハーミット15歳

 良くわからない理由で邪神との生活をする事になって1ヶ月が経過致しました。経ってしまいました。

 このロッジには日時を表示する魔導具があるので、正確に経過日数が分かるのは良い事の筈ですが今では微妙な気分ですわ。

 この男神……いやもう男で良いでしょう。何が楽しくてわたくしと一緒に居るのやら。協力的な所は助かりますが、本当の目的が分からないので油断なりません。

 殺意を向けられては居ないので、今の所は何ともありませんが。それに何故か戦闘技術は魔法の知識まで教えてくれる。これがあの伝承に残る邪神だと言うのでしょうか。


「こんな所で何をしていますの?」


「ああ君か。ただ星を見ていただけさ」


「……邪神に星を見る趣味があったのですね」


「これでも元は人間だからね。趣味ぐらいはあるさ」


 そう言えばそんな話でしたわね。大昔に大罪を犯し、沢山の人達の命を奪ったとか。今の彼からはそこまでの邪悪さは感じられません。

 確かに悍ましい気配もありはしますが、それについては私も他人をとやかく言う権利はありません。

 復讐に全てを賭けている私が、まともな雰囲気の人間とは言えないでしょう。彼の言う様に、悪意に満ちた人生ですから。

 他人からの悪意も、自分が抱く悪意も。ただそんな私でも、やはり気になる事はある。この邪神らしからぬ日々を送る彼について。


「何故邪神になったのか、聞いても宜しくて?」


「どうしてそんな事が知りたいのかな?」


「何となくですわ。深い意味はありません」


 人間が邪悪な神へと至った理由。それが少しばかり気になりました。先程の発言が真実であるなら、何を成せば人が神になれるのかと。

 そんな話は作り話でしか知らない。様々な書物を読ませて頂きましたが、歴史上では人が神になった話は何処にも書かれて居ませんでした。

 もちろんあのロッジにある書物が全てではないでしょう。王城の書物庫にでも行けば見つかるかも知れません。

 ただわざわざそんな事をしなくても本人が目の前に居るのだから、直接こうして聞けば良いと思っただけの事。


「別に大した話ではないけどね。良くある争いの果てに、こうなっただけさ」


「ならもっと沢山神が居るのではなくて?」


「それは規模の問題さ。わたしは大量に殺したからね。老若男女問わず」


 詳細までは教えて貰えませんでしたが、話によれば世界の半分以上を征服し数え切れない程の人々を殺したとか。

 その結果いつの間にか人の身を超え、あと3割程で世界の全てを手に入れようと言う所で転機が訪れた。

 事態を重く見た光の女神サフィラの使徒が現れ討たれた。その後は邪神となって復活し、今の形に落ち着いたらしい。

 人が神になった話は早々聞ける話ではございません。それについては良き学びとなりました。ただそれはそれで気になる点がございます。


「何故サフィラ様は7割近くも支配するまで、何もしなかったのです?」


「…………同情したのさ。いや、憐れんだと言う方が正しいかもね」


「どう言う事ですの?」


「若気の至りで暴れ回った男を、彼女は憐れに思っただけさ」


 答えになっておりませんが、それ以上の事は教えてくれない様子。まあ私としましても、半分は暇潰しでもう半分は知的好奇心で聞いただけの事。

 他人の過去を根掘り葉掘り聞く様な野暮は致しません。私とて過去を全て話せと言われたら困りますもの。

 特にまだ両親を信じて、愚かにも認められ様としていた頃の話など。こんな事になるのであれば、そんな事よりも料理や戦闘訓練に時間を使うべきでした。

 そうすればもっとマシなスタートが出来たでしょうに。今更言っても仕方のない事ですが。


「そう言えば、何故封印をされていましたの?」


「………………歴史書に書かれていなかったのかい?」


「ロッジに無い本は殆ど読んだ経験がありませんから」


 まだ公爵令嬢として生活していた頃、覚えた言葉を頼りに屋敷にあった本を読んだ事はあります。

 ただ当時は歴史書の様な物は難しくて読めませんでした。今なら間違いなく読めるでしょうが。

 そしてロッジにあった歴史書に記載されていたのは300年前までの歴史のみ。500年前に封印されたと言われている邪神アルベールについては殆ど御伽噺に近い扱いでした。

 子供を叱る時に使う作り話と考えている者が大半です。でも本当は実在していて、こうして目の前に居る。

 封印の遺跡を実際に見ている以上は、今更邪神を騙る偽物とは思いません。しかし全て事実であるならば、何故500年前まではされていなかった封印を? 突然そう判断された理由は何なのでしょう。


「この世界を、滅ぼしたくなったからさ」


「…………随分とまあ物騒ですわね。流石は邪神と言う事ですか?」


「まあ、そんな所かな」


「滅ぼすのは少し待って下さいね? 私の目的が達成されるまでは」


 私としては復讐さえ出来ればその後はどうでも良い。どうせその邪神に救われた命ですもの。返せと言われたら潔く返しましょう。

 ただその時はもう少し後にして頂きたい。騎士団に囲まれても、全て薙ぎ倒せる様になるまでは。

 何なら王宮を焼け野原にするのも良いかと思っているのです。もっと強くなる時間が必要です。

 そう、せめて成人を迎える18歳ぐらいまでは。1万年以上存在して来たのですから、3年ぐらいは我慢して欲しいですわね。


「止めないのかい?」


「貴方がそうしたいのなら、好きにすれば宜しいのでは?」


「っ!?」


「な、何ですか急に!?」


 それまで星空だけを見上げていたアルベールが、急にこちらを振り返った。驚いた様な顔でこちらを見ておりますが、ビックリしたのはこちらですわよ?

 何なのでしょうか一体、相変わらず良く分からない男です。ハッキリしない言動ばかりで意味が分かりません。

 本来ならもっと色々説明して欲しいぐらいですのに。譲っているのはこちらでしてよ?


「……そうか……だから君は……」


「何ですか? 良く聞こえませんが?」


「いや、何でもない。気にしないでくれ」


「はぁ?」


 本当にもう、意味の分からない方ですわね。邪神だからこうなのか、男性は皆こうなのか。

 どちらにせよ邪神の事なんて、理解出来る筈がないのです。好奇心で知ろうと思った私が馬鹿だったと言う事でしょう。

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