第16話 アルベールの過去
森の中にあるロッジの、寝台で眠る少女を見る。流石に
これ程までに魂が小さな欠片になってしまっていたから、今の今まで気付く事が出来なかった。
これだけ永き時を生きても、決して色褪せないあの日々の記憶。あの人と過ごした時間。一度として忘れた事はない。
『君がそうしたいのなら、好きにすれば良いんじゃないか?』
今でも覚えている。彼女がそう言ってくれた日の事を。王として、1人の人間として悩んでいた時に背中を押してくれた。
そんな彼女と全く同じ言葉を、この少女は使った。だから理解出来た、この感覚の正体に。ここに残っていたのだ、彼女の魂の残滓は。
砕かれて粉々になった筈が、ちゃんと残ってくれていたのだ。そんな彼女の魂は、何かの拍子に誰かの魂と混ざり合ったのだろう。
だから全く同じ人間とは言えないが、確かに彼女らしい部分も残っている。1人で生き続けて来られたのは、どう見ても彼女の影響だろう。
「良かった……本当に良かった」
1万年前と500年前に、私が守れなかった彼女。それがこうして生きて居てくれた。封印されていた500年の間に何があったのかは不明だ。
だけどそんな事は最早どうでも良い。力が戻れば再び世界を滅ぼすつもりだった。どうやってサフィラの妨害を躱すかずっと考えていた。
しかしもうその必要は無くなった。まだ彼女はここに居る。あの日の絶望から、希望が生まれてくれていた。
ならば私はまた、彼女を見守り続ければ良いだけだ。それならサフィラも文句はあるまい。
「…………いや、違うな。もう二度とあんな事はごめんだ」
1万年前、彼女は英雄だった。どんな魔物にも負けない気高き戦士であった。間違いなく世界最強だと言えた。
最初は皆が彼女を讃えた。しかし徐々に世界はおかしくなって行った。人々が彼女を恐れ始めたのだ。
どこまでも高みを目指し続け、誰よりも強い彼女を妬む者も居た。サフィラの静止すら聞かない彼女は、己を鍛え続けた。
だから私は彼女の味方であり続けようと決めた。私の国だけは彼女の味方であり続けようと。
だと言うのに、友に裏切られた私は彼女を罠に嵌める手伝いをさせられてしまった。彼女の為だと思った事が、彼女を殺す原因となってしまった。
だから私はこの世界を支配し、全てを管理しようと思った。最初は私を憐れんだサフィラも、道を違えて敵対した。その果てに私は、人としての肉体を失った。
「私はもう、間違えない」
邪神となった私は、再び世界を支配しようとした。そんな私に、輪廻転生の理をサフィラが教えに来た。
彼女は確かに死んでしまったが、その魂は再びこの世に生まれ変わっていた。生前の記憶など無いだろうが、それでも彼女には変わりない。
私は一度、彼女に近付き過ぎて死なせてしまった。私が近付いたから、志半ばで死んでしまった。だから今度は、遠くから見守る事にした。
何度も何度も生まれ変わる彼女を見守り続けた。この血を浴び過ぎた私が、今更彼女に何をすると言うのか。これで良いのだと、自分に言い聞かせた。
ある時はただの農家の娘、ある時は女商人、王女だった時もある。幾度となく繰り返す彼女の人生を、私はただ見守り続けた。
しかしそれが間違いであったと、理解する切っ掛けが出来たのが500年前だ。最悪の形で過ちに気付かされる事になった。
「今でも腹立たしい。人はいつの時代も愚かだ」
何度生まれ変わろうと、彼女は高潔な魂であり続けた。しかし逆に、愚かで強欲な魂もある。
そんな者達の行った禁呪に巻き込まれて、彼女の魂は砕けてしまった。同じ様に砕け散った馬鹿どもはどうでも良い。しかし彼女の魂までも失われたと思った。
遠くから見守っていた私は、間に合わなかった。また守れなかった。その怒りと絶望に任せて、世界を滅ぼす事に決めた。
彼女が居ない世界になど、存在する価値はない。愚かな人類など全て滅べば良いと。サフィラと刺し違えようとも構わなかった。
しかし私はまたサフィラに敗れ、封印されてしまった。封印が原因で、私の負の感情は周囲に拡散され憎しみを維持出来ない。
それでも諦めずに耐え続けていたら、この少女が現れた。彼女の魂の僅かな残りカスを宿した、このイリアと言う少女が。
「もう誰にも手出しさせない。彼女の魂には」
確かに私はかつて、彼女に近付き過ぎて足を引っ張った。しかし永き時を生きたお陰で、もう同じ過ちは犯さない自信がある。
だから今度は、私が近くで守り続けよう。幸いにも彼女は、私の力を取り込み性質的には私と近い存在だ。
サフィラにとっての聖女や勇者に近い。何かあればすぐに分かるし、今ならその魂だって守る事が出来る。
だから今度こそ私が味方で在り続けよう。しかし守るとは言っても、鳥籠に閉じ込めるのは違う。私が好きな彼女は、自由に羽ばたく彼女だ。
そしてイリアは、彼女と良く似ている。優秀な頭脳と、強靱な肉体。高い向上心に、強い意思を持っている。
今生ではその高潔さが違う方向に向いてしまったが、この程度は許容範囲だ。むしろ私の方に寄っているので、今の方が気が合うだろう。
私が変わった様に、彼女もまた変わっただけだ。こうして再び会えたのは、きっと運命なのだろう。だからこの少女が死ぬその日まで、共に在り続けるとここに誓おう。
「君は私が守るよ、イリア……」
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