第17話 イリアとアルベール
あの夜からアルベールの態度が何かおかしい。元々変だったと言えばそれまでなのですが。
そもそも世界を滅ぼそうとした邪神を、人間の
私に無関係であるならば、勝手にして下されば良いのです。でも今まで以上に側に居る事が増えた理由ぐらいは知りたい所ですわ。
どう言う心境の変化があったのか、はたまた気紛れに過ぎないのか。邪魔をする訳でもないので、放置はしておりますが気にはなります。
「何か私に用でもありますの?」
「いや? 特にないよ」
「ならどうして着いて来ますの?」
「見守っているだけさ」
さっぱり意味が分かりません。何故私が邪神に見守られねばならないのでしょうか…………もしかして部下の教育でしょうか?
一応私は邪神の眷属に近い存在です。このまま魔の森で暮らしていれば、よりアルベールに近付いて行くでしょう。
だからこそ、眷属の代表にでもするつもりなのでしょうか。執事長やメイド長、いえ騎士団長の方が正しいでしょうか?
そう言った存在として相応しいか試されている? 強くなれるのなら、邪神の部下でも眷属でも良いとは思いましたわ。
その見返りに働けと言うのであれば、仕方ありません。世界を滅ぼす手伝いでも何でもやりましょう。どうせ他人がどうなろうと知った事ではありませんし。
「肩書きは何になりますの?」
「何の話だい?」
「私は貴方の下僕。眷属なのでしょう?」
「ふむ……確かにそうなるね」
まさか今から考えるのでしょうか。サフィラ様なら聖女だとか勇者だとか、それらしい役目を与えられますのに。
でもそうですわね、邪神の眷属を何と呼ぶかなんて、聞いた事がありませんわ。屋敷で読んだ御伽噺には、そんな話は出て来ていません。
ロッジにある書物にも、特にそんな話は有りませんでした。聖女に関する書物なら幾つかありましたが。
森暮らしの私が知らないだけで、世間では有名なのかも知れませんね。人間社会の情報が少ない所は非常に不便ですわ。
「サフィラ様に認められたら聖女でしょう? アルベールだと何と呼びますの?」
「………………どうしてサフィラには様を付ける?」
「は? 敬意の差ですけど」
何故か急に不機嫌になり始めたのですがこの邪神。当たり前でしょう、世界の安寧を守る光の女神と世界を滅ぼす邪神ですわよ?
何故敬意を払って貰えると思っているのでしょうか。ああ、でもそうですわよね。私は今や邪神の眷属なのですから、敬うべきはアルベールになるのでしょうか。
それに私がやろうとしている事を考えれば、サフィラ様のお考えとは真逆の行為。復讐なんて、神聖教の教えに反する行いを計画しているのですから。
もう既に私自身は悪の側、今更光の女神を敬うのも変な話になりますか。そう考えれば眷属がこの考えでは困るのでしょう。
「ならアルベール様で宜しくて?」
「…………ちょっと他人行儀だな」
「他人ですけど!?」
分からない。この邪神は本当に意味が分からない。何がしたいのか、どうして欲しいのか全く分からない。
あれですか? 眷属だからファミリーだとか、そう言う事ですか? 案外アットホームなのですわね邪神の眷属。
邪神団とか何かそう言う類の集団を作りたいのですか? 段々面倒になって来ましたわ、この神との会話も。
意外とサフィラ様もこんな感じなのでしょうか。だとしたらちょっと嫌ですわね。妙に人間臭い所があったりするのかしら。
「とりあえず今は目的が優先です。邪魔しないで下さいね」
「君の邪魔はしないさ」
今日の目的は魔の森に住む魔物の中でも最強格の存在。ドラゴンの上位種であるエルダー・ドラゴンの討伐。
エルダー・ドラゴンは100年以上生きた個体が進化した存在。高い知性を持ち、他の生物との意思疎通まで出来ると言われています。
この魔の森ではエルダー・ドラゴンが最上位に君臨しており、最古参のエルダー・ドラゴンが魔の森の主であると論文で確認しました。
もちろん最初から主に挑む程愚かではありません。先ずは最深部の中間辺りに居るエルダー・ドラゴンを狙います。
私がアルベールと出会った辺りは、最深部の手前で普通のドラゴンが多数生息しております。そこから更に進んだ場所が、今回の目的地です。
低空飛行で木々に紛れ、ドラゴンを避けて更に奥へ。そして見つけました、ドラゴンよりも更に一回り大きく角も太いエルダー・ドラゴンを。
『何者だ』
「人間……いえ、邪神の眷属ですわ。宜しくトカゲさん」
『ふん、人如きが偉そうに』
こちらの意思を理解したエルダー・ドラゴンは、容赦なくブレス攻撃を仕掛けて来ます。しかしそれぐらいは想定範囲。
初撃を躱して反撃を開始。そこからの戦闘は熾烈を極め、お互いに有効な一撃が一度も入らないまま戦いは続きます。
エルダー・ドラゴンや私より弱い個体は近付いて来ませんが、より強い個体が参戦して来ると面倒です。
早く終わらせたいのですが、流石にそう上手くは行きませんか。想像より2割ほど相手は強力な個体でした。もしかしたら新参のエルダー・ドラゴンではないのかも知れません。
『貴様!? 本当に人間か!?』
「さあ? 自分が人間かどうかは、もう気にしておりませんので」
互いに無傷のまま、体力と魔力だけは消費していく。やはり体格に大きな差がある為に、やや相手の方が有利の様子。
そもそも魔の森に生きるエルダー・ドラゴンですから、相手もアルベールの力を取り込んでいる筈。
つまり普通のエルダー・ドラゴンの知識を当て嵌める事自体が、私の間違いだったのでしょう。
その計算ミスが、私に致命的なピンチを生んでしまう。エルダー・ドラゴンの巨大な腕が目前に迫る。これは間違いなく躱せない。
「くっ!?」
『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
「……え?」
衝撃に備えて身構えていた筈の私は、いつの間にかアルベールに抱きかかえられていました。
幼い頃に読んだ絵本の、王子様がお姫様を抱きかかえるかの様な格好で。こんなに近い距離でアルベールの顔を見たのは初めてでしたわ。
見た目だけなら、確かに美しい殿方と言えます。ただ邪神なのですよね、こんな見た目で。
いや、と言うか何故急に私を助けたりしたのでしょうか? 相変わらず行動原理が分かりません。
「一体何を……」
「君には自由に生きて欲しい。でもあまり危ない事はしないで欲しいね」
「え、ええ」
何故そんな真剣な目で私を見ているのでしょうか。本当に意味が分からない。しかも目的のエルダー・ドラゴンはアルベールに一撃で倒されてしまいました。
良く分からない状況になりますし目的は未達成で終わりますし。本当に何なのでしょうかこの邪神は。
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