第18話 女神サフィラとの会談

 アルベールとイリアの共同生活が始まってから1ヶ月半ほど経過した日、アルベールは光の女神サフィラに強制的に呼び出された。

 神に招かれた者と、神のみが入る事の出来る空間。何もない次元の狭間で、光の女神と邪神が対峙する。

 かつてはアルベールもこの空間に居た。ここから1人の女性を見守り続けていた。500年前に封印されてしまうまでは。


「どう言うつもりなのです?」


「……どうとは?」


「貴方からはかつての憤りを感じません」


 首元まである淡い浅葱色の髪を靡かせた、美しい小柄な女性がアルベールに問い掛ける。

 健康的で均整のとれた体に、まさに神の如き造形と言う言葉が相応しい美しく大人びた顔立ちの彼女こそ光の女神サフィラである。

 ふっくらとした唇に、はっきりとした二重目蓋。長い睫毛に紺碧の瞳。神々しい雰囲気を纏うサフィラと、長身で病的に見えるアルベールとは属性も見た目も真逆だった。

 共通しているのは、共に容姿が整っている事と神である事ぐらいだ。何もかも対照的な2人は、視線を交わし合う。


「人類への怒りはもちろんあるさ。だが今は必要のない感情だよ」


「……あの少女が関係を?」


「盗み見は良い趣味と言えないねぇ」


 サフィラとて神であり、世界の様々な事象を知る事が出来る。アルベールの封印が解かれた事については、少々焦らされたサフィラであったが今日まで様子見をして来た。

 アルベールが力の大半を失い、回復し切って居なかったのが一番の理由だ。そしてもう一つの理由が、アルベールが何もせずに1人の少女と暮らし始めたからだ。

 500年掛けて負の感情を放出させ続けたとは言え、それにしても随分と大人しいアルベールをサフィラは疑問に思った。

 アルベールが何か行動に移せば、いつでも動ける様にしながら監視していた。だが結局アルベールは何の行動も起こさない。


「あの子がメアリの魂の一部を宿しているからですか?」


「分かっているなら、聞く必要があったのかい?」


「貴方の意思を確認せねばなりませんから」


 世界を支配しようとした王と、世界を管理する神として対立したのが約1万年前。そして世界を破滅させる邪神と、世界を守る女神として対立したのが500年前。

 永い時の中で2度対立した間柄である為に、サフィラが慎重になるのは当然だ。アルベールにまだ世界を滅ぼすつもりがあるのか、そのつもりが無くなったのかサフィラは正確に把握しておく必要があった。

 サフィラはアルベールに対して深く同情もしているが、それとこれとは別問題だ。サフィラが抱いている感情と、神としての義務は切り離して考えなければならない。


「安心してくれ、何もしないよ」


「以前の様に、世界を滅ぼす気はないと?」


「そうさ。イリアが死んでしまうからね」


 今のアルベールには、世界を滅ぼす意思はない。失った筈の大切な魂が残っていると知ったから。

 ただの偶然か運命の悪戯か、何れにせよこの出会いは大きな変化をアルベールの心に齎した。

 アルベールが想い続けたかつての英雄メアリ。その魂が何度も繰り返し転生を続けた果て。

 ほんの僅かな残滓に過ぎなくとも、アルベールにとっては大切な存在である事に変わりはない。

 全くの同一人物ではなくなっても、それでも彼は構わなかった。今度こそは絶対に守ると決めている。


「神が生命に対して、過度に干渉するのは厳禁ですよ?」


「貴女にだって勇者や聖女が居るだろう?」


「それは……そうですが」


「似た様なものさ、構わないだろう?」


 今の時代はまだ平和と言える。傷付いたものを癒す聖女は居ても、邪悪を滅する勇者は居ない。そこまでの存在がどこにも居ないからだ。

 邪神であるアルベールもこの通り、世界をどうこうする意思はない。勇者と対をなす破滅の使徒を用意したのなら兎も角、イリアはそんな存在ではなく巫女の様なもの。

 それなら光を司るサフィラに聖女が居る様に、闇の側であるアルベールにも似た存在が居ても良い。

 それがアルベールの考えであり、イリアを手元に置いて守る気で居た。それが世界で一番安全だからだ。


「アルベール、神と人間では」


「分かっているさ。私にその権利は無い」


「忘れないで下さいね?」


 神と人間では、一緒になる事は出来ない。先ず存在そのものが違う。アルベールとイリアでは、生きる世界も時間も違う。

 ずっと一緒に居る事は出来ない。肌を重ねる程度なら出来ても、子供を作る事は出来ない。元は人間の男性でも、今は大地に生きる生命ではない。

 生物としての枠から外れたアルベールは、イリアと愛を育む事が出来ないのだ。サフィラはその事を忠告していた。

 それはイリアの為にもならないし、何より辛いのはアルベールだ。一生を共に出来ない相手を、これからも愛し続ける茨の道だ。それこそ、イリアがアルベールの様に神にでもならない限りは。


「話はそれだけかな?」


「待ちなさい、まだ話は……」


「それはまた今度。あの子が目を覚ますからね」


 魔の森に朝日が差し始める時間が来た。サフィラとの会話を中断して次元の狭間を出て行く。ずっと想い続けて来た、大切な魂の持ち主の下へ帰る為に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る