第19話 優しい時間

 邪神と共同生活をすると言う謎の関係も、1年近くも続けているとそう悪くない気もして来ました。

 古の知識や遥か昔の歴史について、色々と教えて貰えるのは非常に大きな収穫と言えます。非常に良い勉強になります。

 今となっては自宅の様に使っているロッジには、沢山の書物がありましたが数に限りがあります。

 魔導具の映像についても、他の国についてはあまり数がありませんでした。特に大きいのは、既に失われた大昔の魔法について。

 過去の秘術どころでは済まない、素晴らしい技術も沢山あります。まだ魔道具が世に無かった頃の魔法も、参考になる部分が多々あります。


「アル、上手く行きませんわよ? やり方が悪いのかしら?」


「もう一度やって見せて…………魔力を込め過ぎだね。もっと少なくて良い」


「これぐらい、ですか?」


 今は5千年前に使われていた魔法を教わっております。現在の詠唱する魔法とは違い、肉体の動作で魔法を発動すると言うもの。

 習得すれば手の動きだけで風の刃を飛ばしたり、足の動きだけで素早く移動したりする事が出来る様になります。

 この技術は既に失われた物であり、存在すら知られていないとの事。以前ここに住んでいた方も、魔法の知識量は膨大でしたがこの技術は知らない様子でした。

 魔法を使った瞬間を悟られないのは、大きなメリットになるでしょう。この魔法の使い方は、今では魔物しか使っておりません。

 言葉を話せない魔物が魔法を使えるのが不思議でしたが、この方法を知ってしまえば腑に落ちました。


「これで、こう! よし! 出来ましたわ!」


「やはり君は才能があるね」


「そうなのですか? 良く分かりませんわ」


「そこまで出来る人なんて、私は1人しか知らないよ」


 またですわね。たまに見せる彼の特別な表情。まるで誰かを懐かしむ様な空気を出す時があります。

 別にその人がどんな人であるのか、それほど興味はありませんけれど。それほど興味はありませんが、少々、いえ若干程度には気になりますわね。

 一度世界を滅ぼそうとした邪神が、誰かを慈しむ様な表情を見せる理由が知りたくはあります。それが男性なのか女性なのか、どちらかは分かりません。

 ただ何となく、女性だとするなら少しだけ嫌な気分になります。なぜ嫌な気分になるのかは、理解出来ませんが。


「いい加減、その人が誰なのか教えてくれません?」


「………………君の過去だけ聞いておいて、私の過去を教えないのも不公平か」


「そうですわよ、不公平ですわ」


 人が邪神となる話自体に興味がありますし、大昔の人々がどんな生活をしていたのか気になります。

 大昔に行われていた拷問の話や、刑罰の与え方なんて面白そうですし。復讐に使えそうな知識は幾らあっても困りません。

 それにアルがどんな人間をやっていたのかも、聞いてみたいと思います。思えば人生で初めてかも知れませんね。誰かの事を知りたいと思ったのは。

 両親やこの国の貴族達の過去なら全く興味はありません。しかし彼の過去なら聞いてみたいと思います。

 1万年以上生きていると言うのは、どんな気分なのでしょうね。人ではないからこその感覚なども、やはりあるのでしょうか。


「別に大した話じゃないけどね。あれは私がある国の王をしていた頃の話さ」


「……貴方、王族でしたの!?」


「現代のそれとは違うよ。貴族と言う概念すら無かったからね」


 家名など存在せず、個人の名前と所属する国の名で全てを決めていたそうな。今の私に当て嵌めるならば、アニスのイリアと言う具合に。

 そんなやり方で良く大昔は判別がついたものですわ。似た名前の方や同名の方が居たらどうしていたのでしょう。

 こんな森の中で暮らして来たからか、わたくしはどうも知識を得る事に貪欲らしい。こうして色々とアルに話して貰う時間が、最近は結構楽しいと感じております。

 殺伐とした日々の中で、唯一出来た趣味とも言えるでしょう。元々空き時間はずっと読書でしたから、こうなるのも必然かも知れませんね。


「彼女はこの世界の英雄だった」


「…………女性ですのね」


「そうだよ。君に少し似ているね」


 それは喜んで良い所なのか微妙な話ですわね。それにその方が私に似ているのか、私がその方に似ているのかでも違いますわ。

 どっちなのでしょうか。それにしても、何故私はそんな所が引っ掛かるのでしょうね? 本来なら別にどうでも良い事の筈ですのに。

 どうにも最近はそんな良く分からない事を気にしてしまう。年齢の経過による変化なのか、環境の変化なのか。原因は不明ですが、少しだけモヤモヤします。


「奥方でしたの?」


「私の? まさか、そんな訳ないさ」


「じゃあ何ですのよ?」


「憧れだったのさ。その生き方に憧れていた」


 良く分からない感情ですわね。私は恋だとか愛だとか、そんな感情とは無縁でしたから。本で読んだ以上の事は何も分かりません。

 憧れと恋は違うらしいのですが、違いがどこにあるのか? その人の事ばかり考える状態らしいですけれども。

 どちらも同じではないのですか? そんな毎日特定の誰かを想い続ける事があるのですか? 

 理解出来ないと言うのは、どうにもスッキリしませんね。だから少々苛々してしまうのでしょう。


「おや? 気にしているのかい?」


「そんな訳ないでしょう!」


「大丈夫さ。今の私にとって、一番大切なのはイリアだよ」


 何だか良いように言いくるめられただけの様な気がします。そんな気がするのに、こんな一言を嬉しいと思ってしまうのです。

 誰かに必要とされる経験が無かった私を、初めて必要として貰えたから。結局アルと今も一緒に居るのは、それが一番大きいのかも知れません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る