第20話 イリアとミアの出会い 前編
イリアとアルベールの共同生活が始まってから、ずっと続けている習慣がある。それはアルベールによる戦闘の手解きだ。
古の英雄メアリには及ばぬとも、自ら戦陣を切って戦場を駆ける王だったアルベールも十分な手練れだ。
今日も朝から訓練用に作られた木製の剣を手に2人は向かい合う。木剣同士がぶつかり合う度に、硬い木と木が衝突する硬質な音が魔の森に響く。
ロッジ周辺には元々結界が張られているので、戦闘訓練の音が魔物を呼び寄せる事はない。
だが結界は魔物にしか効果が無い。害意を持たない人間であるなら誰でも結界を潜る事が可能だ。
「盗み見とは言い趣味ではありませんわよ?」
「
「ご、ごめんなさい! そんなつもりは無くて!」
一度稽古の手を止めたイリアとアルベールが、ロッジに近付いて来ていた人々に声を掛ける。
木々の隙間から姿を現したのは、15歳になったばかりだった聖女ミア・オルソンとその護衛達だった。
この時点でイリアはまだ16歳になったばかり。1歳違いの聖女と魔女が、初めて邂逅した歴史的瞬間であった。
既に絶世の美女としての片鱗を見せているイリアとは違い、まだ幼さが残る可愛らしい少女のミア。
彼女は魔の森に入る為に、しっかりと革製の装備で身を固めて来ていた。この頃から支援魔法と回復魔法のエキスパートではあったが、やはり攻撃手段にはやや乏しいのは変わらない。
女神サフィラの聖女は盾であり、剣を担うのは勇者の仕事だ。それ故の露払い役として、ミアの母国である聖王国サリアから近衛騎士の部隊が同行していた。
「それで、貴女達は何者かしら?」
「わ、
「ほう……サフィラが?」
ミアの言葉にアルベールは目を細める。サフィラが人の子を害する様な存在ではないとアルベールも理解している。
しかし何もする気は無いと、暫く前にアルベールが伝えている。にも関わらず使いを寄越すとは何のつもりだと、アルベールは疑わざるを得ない。
事実として何も悪事は働いておらず、ただイリアと生活をしているだけだ。秘密裏に進めている計画もない。
こんな風に誰かをここまで送り込む理由が、アルベールには今一つ分からなかった。
「どう言う事ですの?」
「貴女を……見極めて欲しいと」
「
イリアからすれば正に青天の霹靂。何故今になって光の女神サフィラが、ただの少女を気に掛けるのかとイリアは悩む。
アルベールを監視するのなら兎も角、何故自分なのだとイリアは首を捻るほか無い。確かに今のイリアは、同世代の魔族すら超越している。
それどころか成人した魔族すら簡単に屠れる程の強者となった。武闘派の家系に生まれ、メアリの魂を宿す者として相応しい成長を遂げている。
だがそれだけと言えばそれだけだ。人類としては破格であっても、人類の域を大きく逸脱しては居ない。
それこそアルベールの様に、神となるには程遠い立ち位置に居る。この世界に生きる人類としては、最強クラスではあるが。
「何故わざわざ私を?」
「貴女がその……そちらに居るアルベール様の鍵だからと」
「……はぁ? 意味が分かりませんが?」
「……」
思わずアルベールを仰ぎ見たイリアだったが、アルベールは無言のままだ。それはある意味仕方がない。
1万年前からずっと抱き続けた、憧れとも恋心とも言える気持ち。それをこんな突然のタイミングで、人前で話せと言われてもアルベールとて困る。
結果出来上がるのは、理由が不明で意味が分からず困るイリアと無言を貫くアルベール。そして居心地が悪そうなミアと言う状況だ。
全く話が進まないし、状況も変わらない。立ち尽くす3人と、困惑するミアの護衛達。魔の森の真っ只中で、非常に微妙な空気が流れる。
「あの、聖女様。とりあえず一旦お休みされては?」
「あっ、そ、そうですよね! すみません、護衛の皆さんもお疲れですよね!」
「聖女? へぇ、貴女がそうなのですか」
光の女神であるサフィラに選ばれし清らかな乙女。優しい心と敬虔な信仰心を併せ持つ特別な存在。
伝説として語られて来た聖女と言う存在に、イリアは些か興味を唆られた。邪神なんて御伽噺と思われていたアルベールと出会い、今度は聖女と遭遇した。
それで興味を持つなと言うのは少々難しい。何せ自分と真逆の立ち位置に居るのだから。
サフィラに選ばれた少女と、アルベールと暮らすイリア。立派な騎士に守られた少女と、両親に僻地へ捨てられた少女。何もかもが対照的な2人であった。
「まあ良いわ。招待はしておりませんが、お茶ぐらいは出しましょう」
「良いのかいイリア?」
「ええ、聖女様にも興味が湧いて来ましたし」
突然聖女を寄越したサフィラに、あまりアルベールは良い感情を抱いていない。500年前の敗北も、聖女と勇者の活躍が大きいからだ。
ただこの程度の戦力に負けるとはアルベールも思っていない。だがアルベールにすれば500年前などつい最近の事に過ぎない。
それ故に警戒するのも無理はない。だがそんな事を知らないイリアは、ミアを招き入れる事に特に抵抗は無かった。
こうして将来、大陸中を揺るがす存在となる2人が顔を合わせる事になった。そして、イリアとミアの交友関係が始まった瞬間でもあった。
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