第29話 大陸会議 前編

 ハルワート大陸で5年に一度行われる国家元首達の集会。大陸会議と呼ばれる催しは、聖王国サリアの首都で行われる。

 単純に人族が暮らす東側の、ちょうど真ん中に位置する国であると言うのがサリアで開催する一番の理由である。

 もちろん代々サフィラに選ばれし聖女を輩出して来た、神聖教の総本山であるのも選ばれた理由の1つだ。

 大陸会議の会場となる首都、聖都メリアスにイリアを含めた様々な国王や議長達が訪れていた。

 聖なる都を名乗るだけあり、真っ白な石材を使った建造物ばかりが並んでいる。その街の中では、敬虔な信徒達が街中で女神サフィラの像に祈りを捧げていた。


「何ともまあ、熱心な事ですわね」


「この国は昔からそうですよ、イリア様」


「リーシェは何度か来ているのでしたね」


 会場となっている神聖教の大聖堂、その二階にある控え室の窓からイリアとリーシェが街中を見下ろしていた。

 今回もアルベールはアニス王国で留守を預かっている。そもそもアルベールは何処へでも移動出来るので、側に居ても居なくても変わらない。

 もしイリアに何かあろうものなら、一瞬で隣に現れる事が出来る。1万年以上見守り続けた男の、そのガードの硬さは神の領域にある。文字通り、神であるのだから。


「この国は本当に宗教が全てなのです」


「そのわりにミアは普通ですけどね?」


「聖女様は特別です。大体はあの人達と同じですよ」


 2人の視線の先には、熱心に祈り続ける人々の姿があった。それ自体は何も悪い事ではない。

 女神サフィラは実際に存在しているし、日々の感謝を祈りたければ好きなだけ祈れば良い。それは彼らの自由であるし、イリアにそれを否定する権利はない。

 ただどうしても、イリアには異様な光景に見えた。ミア程にサフィラと近しい存在ならともかく、有象無象が祈ったとて何の効果があるのか。

 それがイリアには理解できない。事実としてイリアが窮地に陥っていた時に、サフィラはイリアを助けてはくれ無かった。

 それについてイリアは特に恨みは無いが、自らの力こそ大切だと考える切っ掛けにはなった。だからこそイリアから見れば、神への祈りは単なる儀式でしかない。


「私の国では、こうはなりませんわね」


「手の届かない神様より、イリア様を信じるでしょうから」


「誰でも助ける様な優しい存在じゃありませんわよ?」


 イリアがまともに優しさを向けるとするなら、この世界でアルベールぐらいだ。ミアとリーシェでギリギリと言う所だろう。

 イリアは別に人々の為に女王をやっているのではない。己の目的の為に必要な駒を動かしているだけだ。

 その駒が潰れようが失われようが、イリアには関係ない。ただし盤上を支配するからには、愚策は取らないと言うだけ。

 無意味に駒を失い続けては目的が遠退くだけだ。愚かな指し手にはならぬ様に、しかし同時に好きな様に全てを決めて来た。

 その結果助かった人間も多いが、失われた命や排除された者達の数は決して馬鹿にならない。


「国民達はそれで良いのです。イリア様の意見に賛同しているのですから」


「絶対服従を誓うなら、飼っても良いと言うだけなのですけれど」


「まともに飼う事すら出来ない程、腐敗した国が多いのですよ」


 リーシェの言う様に、イリアの方がまだマシに見える王侯貴族は大陸中に居る。弱者を死ぬまで酷使する様な国も少なくない。

 農村から若い娘を献上させる様な領主だって居る。酷いものだと奴隷を魔法の実験体にする様な貴族も居たりする。

 そんな者達と比べれば、イリアはただ厳しいだけだ。下衆な真似はしないし、結果を出す者には褒美だって与える。

 その結果を出す過程で、イリアの取決めを破らない範囲でなら悪行も許しているだけ。それを思えば相対的にイリアが良い女王とも言えなくはない。


「ではそんな国々のトップ達を見に行くとしましょう」


「お供致します」


「骨のある方々なら良いのですが」


 時を刻む魔導具が、会議の開始時刻を示す。それと同時に動き出したイリアに、リーシェが追従する。会議には執事や侍女を同伴しても良い事になっている。

 逆に騎士や兵士の同席は禁止されている。昔は許可されて居たが、一度それが原因で血なまぐさい事件が起きてしまった。

 それ以来はその反省を活かして、武力を持つ者は同席させて居ない。ただしリーシェの様に、本職が執事や侍女では無い者達も紛れてはいる。


 一応建前として、ルールを守っている様に見せているだけ。周辺国家に恨まれている様な国は、そうでもしないと暗殺され兼ねない。

 普通の王ならその方法を取る。だがイリアの場合はそうではない。そもそも1人で問題はない。

 何せ女王本人が、本来護衛を兼ねる筈のリーシェより何倍も強いのだから。


「アニス王国女王、イリア様ですね。ようこそいらっしゃいました」


「本日は宜しくお願い致しますわ」


「それではお席までご案内致します」


 大聖堂内には、大陸会議用に用意された大会議室がある。その両開きのドアの前には、神聖教の司祭達が案内役として立っている。

 儀礼用の法衣に身を包んだ若い司祭の案内で、イリア達は用意された席へと向かう。大会議室に入ると、イリアに向かってあちこちから視線が突き刺さる。

 噂の邪神に認められた、最凶の暴君。聖女の対となる魔女が、大陸会議に姿を見せたのはこれが初めてになる。

 恐れる者、訝しむ者、あからさまに敵意を向ける者。様々な視線を柳の様に受け流したイリアは、自分の席に優雅に座った。

 様々な思惑が蠢き合う、波乱に満ちた国家元首達の会議が始まろうとしていた。

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