第50話 パーティー会場にて①

 パーティーの会場である大ホールには既に大勢の貴族達が居た。式典などで使用される場であり、建国以来ずっと維持及び保全されて来た重要な施設だ。

 そんな場所であるだけに、中はかなりの広さがある。数百人は収容可能な広さがあり、装飾の類も豪華絢爛。

 天井も高く空間的な開放感は非常に高い。ちょうど中央に当たる位置には、巨大なシャンデリアが輝いていた。


 その輝きは500年近い歴史をもつアニス王国の、その歴史が刻まれて来た証でもある。何度も行われてきた数々の式典、それらを祝う度に利用されてきた。

 それでも尚美しさが損なわれる事無く、今も鮮やかな煌めきを見せている。

 もちろん美しいのは大ホール全体にも言える事だ。机から花瓶まで、調度品の全てが一級品である。

 他国の来客を招いた際に見窄らしいと思われては国の恥、それ故に威信をかけて清潔で美しい空間を維持している。


「お、おい……あれ」


「嘘だろ……」


 そんな大ホールへ、見目麗しい男女が現れた。男性は腰まである白銀の髪と、鮮やかな青い瞳を持っていた。

 2m近い体躯は厚すぎず細すぎず、良く鍛えられた肉体を持っている事は礼服の上からでも感じられる。

 顔立ちはかなり整っているが、色素の薄い肌が少し病的な印象を与える。だが決して貧弱そうには見えず、むしろそこが良いと感じる女性も少なくはないだろう。

 事実として会場に居た未婚の令嬢達は、そんなアルベールの姿に釘付けとなっていた。アニス王国の人間とは違う、異国風の風貌が尚更令嬢達の心を刺激した。

 しかしそんな令嬢達でさえ、そんな男性にエスコートされている存在を見れば一気に警戒心を高める。


「生きていらしたのね」


「捨てられたのでは無かったの?」


「学園にも通っていないのに今更なんのつもりかしら?」


 極上の美貌を持つ男性、女性の注目を一身に集めるアルベールを引き連れているのは当然イリアだ。

 悪魔の使いとして迫害された筈の公爵令嬢が、今更なんのつもりかと陰口を令嬢達が小声で囁き会う。

 何故コソコソとそんな真似をするかと言えば、そのイリアがアルベールに引けを取らない美貌の持ち主だからだ。

 体のラインが出る深紅のイブニングドレスは、女性としては背の高いイリアに良く似合っている。


 そして何より目を引くのは、その紅い瞳と漆黒の長い髪。その2つの要素を持つ者は、悪魔の使いだと昔からアニス王国では迫害されて来た。

 だがそれも、絶世の美女と呼べる程の美しさを持つと話は変わってくる。くっきりとした二重まぶたに大きな瞳。シミ1つ無い真っ白な肌。

 形の良い薄い唇にはこれまた真っ赤なルージュが引かれている。美の象徴とも言える程に無駄がない美しい輪郭。


 どこを取っても一切の欠点がない。美術品が如き輝きを見せるイリアに、正面から暴言を投げかけられる女性はこの場には居なかった。

 明らかに婚約者だと分かる、アルベールの髪色と同色のバレッタを身に着けているのだ。これで突っかかりに行けば醜い嫉妬だと笑われてしまう。

 誰がどう足掻いても、イリアより自分の方が相応しいなどと口には出来ない。


「ほう、随分と所作が美しいではないか」


「最近の若者とは思えぬ」


「古臭い礼節だと最近の若い者は省略するというのに」


 その一方で、悪魔の使いなどと言う伝聞に踊らされていなかった高齢の貴族達からは評価が高い。

 イリアが身に着けたマナーは、100年ほど前のものだ。現役を引退した様な年老いた貴族でもないと知りもしない細かなマナーは複数ある。

 それらを古臭い不要なものと断じる若い世代は多い。その事については世代間で意見が分かれているのが現状だ。

 例えば歩き方であったり、立つ姿勢であったり。昔は高貴なる者として厳しい教育を受けていたが、最近は多少なら崩しても良いとされている。

 貴族の子供達が通う王立学園の講義でも、今風のマナーしか教えない。それ故に成人したばかりの貴族の中で、イリアだけが非常に丁寧な立ち居振る舞いを見せていた。


「失礼、貴女はイリア嬢で間違いないかな?」


「ええ。そうですが?」


「ああすまないね。わたしはミルド、貴女と同じ公爵家、ランバート家の当主をしている」


 最初に動いたのはミルド公爵だ。彼はアニス王国の宰相として、パーティーに参加している。

 その理由は国王派が好き勝手をしない様に監視をする目的であった。そこへ行方不明扱いだった筈のイリアが現れたので、思わず声を掛けた次第だ。

 本物かどうかを間近で見極める事と、派閥としてはどこに所属するつもりかを確認する為だ。

 両親の後をそのまま継いで当主になるのであれば国王派になる。見知らぬ異国人まで連れている以上は、とても無視出来なかった。


「して、そちらの男性は?」


「婚約者のアルベールですわ」


「ふむ……行方不明と聞いていたが、もしや外国に留学でもしていたのかね?」


「ええまあ」


 当然ミルド公爵もアルベールという名前には引っ掛かる。しかしアニス王国から遠い国ならば、名前として与える可能性はあると判断した。

 実際アルベールの外見は、アニス王国とその近隣に住まう人族とは人種が明らかに違う。

 それに魔の森に放置するという鬼畜の所業よりも、理由を偽って遠方の国へ留学させていた可能性の方が現実的だからだ。

 まさかそんな馬鹿な真似をイリアの両親がやったとは、聡明なミルド公爵とて思い至らなかった。

 余計な迫害を受けずに住む環境で教育を受けたのならば、所作の違いなども納得が行くというのも誤解を生んだ。そして何よりも大切な事は他にある。


「ではイリア嬢がを継ぐのかね?」


「いいえ。わたくしは私で、


「なるほど。何にしろ貴女が無事だと分かって良かった。それでは私は失礼しよう」


 聞きたい事は聞けたからと、ミルド公爵はイリアの側を離れていく。これがまた周囲の者達への牽制となった。

 宰相であるミルド公爵が、直々に公の場でイリアと会話をしたのだ。これでは下手な事が出来ない。

 まるでイリアのバックには、彼が居るかの様に他の貴族達には映った。ハーミット夫妻が現れると思っていた国王派も、どう判断すべきか頭を悩ませた。

 最近ハーミット夫妻との連絡が取れない事もあり、会場には困惑が広がっていく。しかしこれはまだ序章。アニス王国変革の時はまだ少し先だ。

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