第49話 パーティー会場へ
ハーミット領の運営が落ち着き始めた頃に、王城から招待状が届いた。貴族家の子息子女が成人した事を祝う夜会への招待状だ。
その場こそがイリアが以前より求めていた場。王族も含めて全ての貴族家代表が集まる会場だ。
ハーミット領の運営である程度のノウハウを得たイリアは、その日王座から王族を引きずり下ろす。
アニス王国を手中に収め、大陸の支配を目指す足掛かりとする。招待状は本来ヴィンスに宛てられたものだが、今のハーミット家当主はイリアだ。
やや理屈っぽいが、招待されたのは当主となっているので問題はない。何よりアニス王国でのイリアの扱いは、あくまで行方不明であった。
状況的にハーミット夫妻が死んだと言い切れば、殺したと自白する様なもの。行方不明でもそう大きくは変わらないが、不幸な事故にあったのだと弁明は出来る。
流石に国王派が好き放題をしていると言っても、貴族の一員を殺したとあっては大問題になる。
それを恐れたハーミット夫妻の、苦しい言い訳が採用された結果だ。その為イリアの貴族としての地位は生きている。
「あら、良く似合っていますわね」
「そうかい?」
「ええ。そう言う格好も悪くありませんね」
色んな意味でのお披露目である為、今回アルベールは式典用の礼服を着ている。背が高いアルベールが礼服姿になると、非常に様になっていた。
紺色の上下に、赤や黄色の装飾が施されている。いつも適当に後頭部で縛っていた銀色の長髪は下され、その先端を腰の後ろで結っていた。
大人の男性としての色気と気品が前面に出て、元々の素材の良さが完璧に活かされていた。
その整った容姿から間違いなく女性達から注目の的になるのは間違いないが、そのアルベールにエスコートされるイリアも負けていない。
イリアの持つ深紅の瞳を思わせる真っ赤なイブニングドレスが、彼女の美しいプロポーションを強調している。
腰まである長い漆黒の髪には、アルベールを思わせる白銀のバレッタが輝いていた。
「君だって美しいよ、イリア」
「ありがとうアル」
「さあ、おいで」
イリアがアルベールの肘に手を置くと、アルベールの転移門が2人の前に現れる。その闇の様に深い黒の円を潜れば、アニス王国の王城の庭園へと転移していた。
巡回の騎士に見つからない様に王城へ入った2人は、パーティー会場を目指して歩いて行く。
まるでその歩みは、これから2人が住む新居を見て回っているかの様だった。そんな甘い空気を振り撒く2人も、パーティー会場となる大ホールの入り口に到着した。
大扉の前で出席者を確認している騎士達は、目の前に現れたイリアとアルベールを驚愕の表情で見ている。
純粋に2人が美男美女であった事もあるが、何よりも10年以上姿を見せていなかったイリアの存在が大きい。
行方不明とされ、恐らくは死んでいると思われていたハーミット家の令嬢が現れたのだから驚くのは当然のこと。
どこにでも居る様な平凡な見た目の令嬢であれば、誰も気にしないがイリアはそうではない。
悪魔の使いだと迫害された真っ赤な瞳と漆黒の髪、一度見たら中々忘れられ無いその特徴を騎士達は覚えていたのだ。
「貴女は……確かハーミット家の」
「ええ、イリア・ハーミットですわ」
「失礼致しました。自分はカイル・マリット。王国騎士をやっております」
代表してイリア達に声を掛けたのは、まだ一介の騎士だった頃のカイルだった。未来の騎士団長と女王がこうして邂逅したのは、運命の悪戯かそれとも偶然か。
その真相は定かではないがこうして顔を合わせる事になったイリアとカイルは、事実上形骸化している招待状の確認を行う。
そもそも各貴族家の代表者が集まるのだ、誰も知らない不審者が入り込むのは難しい。大衆食堂に平民が集まるのではないのだから。
ただ今回に関しては、アルベールが居る。イリアの事は騎士達も知っていたが、彼の事は誰も知らないのだから仕方がない。
まさか公爵令嬢が不審者にエスコートされて来るとはカイル達も考えていない。ただ念の為に、仕事上は尋ねないわけにもいかない。
「あの、イリア嬢。そちらの男性は?」
「彼ですか?
「外国の方、でしょうか?」
「ええ、そうです」
嘘でも無いが真実でもない。アルベールはアニス王国と関係の無い国に生まれているので、外国の人間だと言えばそうだ。
より正確に言うなら、外国の王族と言う事になる。だがそもそもアルベールは既に人間では無く邪神である。
それに最近まで国内にある魔の森に居たので、完全に外国の者かと言うとそれもまた微妙だ。
位置的にギリギリではあるが一応アニス王国領内で、500年封印されていたのだから住んでいたとも言えなくはない。
そんな判断に困る存在であるので、何を真実とするかは非常に難しい問題だ。それ故に出自ベースの回答をイリアは選んだ。
元々の人種的な話で言えば外国人になるからだ。邪神を相手に人種という概念を当てはめるのが正しいのかはともかく。
「お名前を窺ってもよろしいでしょうか?」
「アルベールだ。姓は、ウォーレン」
「……失礼。ありがとうございます」
アルベールの生きていた時代に姓の概念はない。それ故に彼が国王をしていた国の名を姓として扱った。
元々はその時代も、名乗る際に国名を付ける事が常識とされていたので、それほどおかしい話でもない。
ただその名乗りに問題が無かったわけではない。誰もが知っている邪神の名前を、子に付ける親が居るのか? と言う疑問がカイルの脳内に浮かんだ。
そのせいでカイルは一瞬呆けてしまったが、招待者ではない参加者を記録する用紙にアルベールの名を記載した。
名前のインパクト故に、どこの国から来たのか聞き忘れてしまったカイルだが、その程度は構わないかと判断した。
公爵令嬢の婚約者が、敵対国出身の筈がないとの判断だ。敵対国の出身者どころか伝説の邪神なのだが、そんな事をこの時のカイルはまだ知らない。
こうして成人を祝うパーティー会場に、最凶の令嬢と邪神が入り込んだ。
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