第43話 嵐の前の穏やかな時間

 イリアが17歳になる頃から、アルベールとの関係性は大きく変化していた。永きに渡りずっと想い続けた男の気持ちに、応える道を選んだイリア。

 それからの2人は、恋人同士の様な日々を送っている。だがあくまで健全な関係性である。アルベールはまだ成人していないイリアに、手を出すつもりは無い。


「これは少し、恥ずかしいですわね」


「誰も見ていないさ」


「それはそうなのですが……」


 2メートル近い身長があるアルベールからすれば、女性としては背が高めのイリアであってもまだ小柄だ。

 自分の膝の上に、横抱きの形で座らせても不格好にはならない。細身に見えてもアルベールは男神であり、生前と同様に筋肉質な体をしている。

 17歳になり殆ど成人女性と変わらない体格のイリアでも、平然と抱いていられる。そんな体勢でいる為に、イリアとアルベールの距離は近い。

 ロッジの表でベンチに2人きり。流石にイリアであっても、気恥ずかしさを感じずには居られなかった。


「その……だいぶ暖かくなりましたわね」


「そうだね。もうそんな季節だね」


「食材の確保も兼ねて、出掛けるのも悪くありませんわね」


 厳しい冬が終わり、徐々に春の訪れが始まりつつある。冬眠から目覚めた魔物達がそろそろ活動を始める為、肉を求めて狩りに行くのも1つの選択肢だ。

 そのついでに、花々が綺麗に咲く丘に立ち寄るのも良い。殺伐とした戦いを繰り広げるのも良い。

 2人だけの生活は、ただの共生から同棲へと変わっている。何をするにしても、想い合う者同士として行動する事になる。

 イリアは愛されなかった娘として、アルベールは想い続けた相手との生活として。それぞれが胸に開いた穴を埋める様に、毎日を大切に過ごしていた。


「鍛錬は良いのかい?」


「そっちも当然続けますわよ」


「ハハ、実に君らしいね」


 イリアは掲げた目標の為に、強くなる事は辞めない。アルベールと似た存在になる為には、ただの人間のままでは不可能だ。

 既に現在のイリアでも、十分過ぎる程に人間の領域を超えてはいる。しかしまだまだアルベールには遠く及ばない。

 並ぶ程に強くならなければ、サフィラとは渡り合えない。目標の為には、偉業を成さねばならない。

 ただ強いだけの人類では神には至らない。例え悪名であろうとも、歴史に名を残す程の成果が必要だ。

 その為にイリアが目覚すのは、アルベールと同じく大陸の覇権を握る事。その7割を支配した彼の様に、覇道を進む道を選んだ。


「アルと同じ道を歩む、悪くありませんわ」


「君のサポートなら幾らでもしよう」


「見ていて下さい、必ず成し遂げて見せますわ」


 イリアはその未来しか求めていない。その目標の為ならば、その手を血で汚す事も厭わない。もうとっくの昔に生きるか死ぬかの世界を経験している。

 今更尻込みして逃げ出すつもりは無かった。その手始めとして、ハーミット家の掌握から始める算段だ。

 腐っても公爵家だ、権力はそれなりにあるし元々正当な後継者でもある。生まれた家の力を使い、自らの実力で国を手に入れる。


 そこからイリアの歩む道は開かれて行く。最悪ミアとは対立するかも知れないが、そうなったらそれはそれで楽しそうだとイリアは考えている。

 ミアはこの世界で、唯一対等な相手だ。最近になって徐々にミアに対しても、心を開き始めたイリアにとって彼女は特別だった。

 ミアとなら仲良くしようが敵対しようが、どちらに転んでもイリアは心から楽しめる。


「あの子がどう出て来るか、楽しみですわ」


「聖女かい? あの娘は中立を保ちそうだ」


「それならそれで構いません」


 未来に向けて動き出したイリアは、以前よりも貪欲に力を求めている。アルベールによる鍛錬は、何も戦闘や魔法だけではない。

 支配者としての教育も、座学として行っている。王としてのブランクはあっても、支配する者とされる者の本質に大きな差はない。

 様々な教育を邪神に施されながら、イリアは成長を続けていく。元々優秀な才能を持っていただけに、その成長は目覚ましい。

 世界を手中に収める為に、日々の努力は惜しまない。ただそればかりではなく、2人だけの時間もちゃんと過ごしながら。


「どうしましたの急に?」


「いいや、君はいつも美しいなと思っただけさ」


 アルベールの掌が、優しくイリアの頬を撫でる。ずっと想い続けた女性との時間。その温かさを噛み締める様に、アルベールはイリアを愛でていた。

 アルベールによってイリアは救われたが、アルベールもまたイリアに救われていた。お互いがお互いを支え合い、想い合って日々を過ごしている。

 いつかはこんな時間を持てなくなる。いずれ必ずサフィラが2人の前に立ちはだかる。その未来はどうしても避けられない。


 自分達の幸せだけの為に、他の全てを切り捨てる生き方だ。到底サフィラの思想とは相容れない。

 そんな日が来るまでの間は、こうして互いの気持ちを確かめ合う時間を大事にしたい。それはイリアもアルベールも変わらない。

 わざわざ口にしなくても、お互いに理解していた。イリアが18歳になり、成人すれば事態は大きく動き出す。

 それまでの残り僅かな時間を、イリアとアルベールは大切に大切に過ごしていた。

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