第44話 未来へと向かって
イリアは来たるべき日の為に鍛錬を続けている。先ずは18歳になってからの、成人を祝うパーティーの場。
そこで過去の清算をし、最初の足掛かりを手に入れる。アニス王国の支配から、イリアの道は始まる。
だが鍛錬でも勉強でもない時間もある。この日はアルベールと共に、魔の森にあるとある丘に来ていた。
ここにしか咲かない綺麗な花々の咲く丘で、イリアとアルベールは背中合わせで座っていた。
特に何をするわけでもない。ただ大地の上で、お互いの存在を感じているだけ。
「この森も、案外悪くありませんわね」
「そうだね。本来なら封印されていた場所なのに」
「ふふ、そうでしたわね」
イリアにとっては本来、両親に捨てられた場所。アルベールにとっては、500年前に敗北し封印された地。
普通なら忌まわしき場所と思う筈が、2人とも今は気に入っている。2人で過ごす大切な思い出の場所として。
イリアがこの地に来た時は、最下層に属する最弱の生命だった。それが今では、この森で最強の存在になっている。
だからこんな風に、無防備な姿を晒していても問題はない。この森でイリアとアルベールに手を出す生物は居ない。
相手の力量を見抜けない様な間抜けな生物は、この森では生きていけないのだから。
「案外、人間の居ない場所の方が綺麗なのかも知れません」
「確かにそうだ」
「人の心よりも、自然の方が遥かに美しい」
生と死の狭間で、復讐だけを目指して生きて来た時間。この魔の森に籠もって、己を鍛え続けた日々。
そんな生き方をしていたイリアが、少しずつ手に入れ始めた幸せ。穏やかで優しい、アルベールと2人だけの生活。
その中で見つけた、新しい世界の色。イリアがこれまで見てきた、何よりも美しい自然に満ちた風景。
世界の全てを憎んでいた時には、目に入らなかったもの。最近はそう言った数々の発見があった。
ミアとの関係も同様だろう。イリアと言う孤独だった少女に、彩りを与えてくれた様々なもの。
「貴方と居るからでしょうね」
「そう思ってくれるのかい?」
「ええ、心からそう思いますわ」
どちらからでもなく、自然と伸ばされた手。背中合わせのまま、イリアの右手とアルベールの左手が丘の上で結ばれる。
お互いの温もりを感じながら、ただ風に吹かれていた。人間と神では結ばれる事は出来ない。それでもこんな些細な時間を、積み重ねる事は出来る。
イリアがアルベールと同格の存在になれば、この記憶は失われない。共に永遠を生きる様になれば、いつまでも残る思い出となる。
イリアにはその未来を諦めるつもりはない。だからこうして、普通の恋人同士の様な時間を紡いでいる。
永遠に続く愛情を、イリアは知ったから。ずっと想い続けた男を知っているから。
「かつては呪った世界も、君となら楽しめるよ」
「これからは
「ああ、そうだね」
かつてはサフィラと対立し、この世界の命運を賭けて戦ったアルベール。500年前の敗北をアルベールはもう恨んでなどいない。
その敗北があったからこそ、今の時間があるのだから。もしイリアが居なければ、アルベールは永遠に孤独だった。
この世界が続いていたからこそ、この出会いがあった。1万年以上想い続けた人と、共に過ごす時間は今があればこそ。
その真摯な想いが報われた日が、こうして訪れたのだ。そしてこれからは2人で、永遠の時を求める。
身勝手な願いであろうとも、それでどんな犠牲が出ようとも。イリアもアルベールも、共に人間に裏切られた者同士だ。今更そこで躊躇する理由などない。
「始まりの日まで、あと半年ほどですわね」
「そこから
「共に行きましょう、未来の為に」
イリアが18歳になるまで、あと3ヶ月ほどだ。そこから先は、殺伐とした日々が続くだろう。争いや計略、支配者としての毎日が待っている。
2人を相手にどうこう出来る存在は限られても、忙しくなるのは間違いない。今の様な時間は、確実に減ってしまうだろう。
しかしそんな日々もまた、2人の思い出になる。共に歩み、共に過ごすのだから。いつまでも穏やかでは居られないが、それだけが幸せでもない。
2人で自分達の未来を掴み取る事だって、立派な共同作業なのだから。
「……後悔はないかい?」
「この道を選ぶ事がですか?」
「今なら引き返せるよ?」
「後悔なんてありません。むしろ諦める方が、後悔するでしょう」
今ここを逃せば、きっと後悔する事になる。イリアにはその直感があった。ただの人として、このまま魔の森で密かに暮らす道も確かにある。
イリアが人として最後を迎えるまで、ひっそりと生きて行く。それも選択肢としてはある。だけどそれではイリアは満足出来ない。
欲しいものを諦めるのはもう辞めた。自分の幸せは、自分で掴み取らないといけないと学んだ。
その時をただ待っているだけでは、不幸にしかなれないと知っているから。幸福なんて、簡単に奪われてしまう。
だからイリアは目を背けない。例え世界を敵に回そうとも、絶対に引かないと心に決めているから。
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