第45話 サフィラの忠告
イリアが18歳なる少し前に、イリアとアルベールはサフィラに呼び出された。呼び出されたというよりも、強制招集とでもいうべき形で。
アルベールには見慣れた空間だが、イリアにとっては初めて訪れた場所。神と選ばれし者しか入れない特別な空間。
どこまでも続く無の境地。何もない次元の狭間で、サフィラはイリアに話しかける。
「強引な方法でごめんなさい、イリア」
「その姿……まさか」
「はい。貴女達の住む世界の神、サフィラです」
「サフィラ、イリアをどうするつもりだ?」
アルベールは警戒心を隠す事なくサフィラと対峙する。イリアを背に庇う様に彼女の前に立つ。
アルベールの鋭い眼光を受けても、サフィラは揺らぐ事はない。その美しい浅葱色の髪がサフィラの頭の動きに合わせて左右に揺れる。
睨むアルベールに向けて、サフィラが持つ紺碧の瞳が合わせられた。敵対的な意思があっての行動ではないとその眼が訴えていた。
それを受けたアルベールは、一旦警戒を解く。完全に信用したわけではないが、無意味な嘘をつく存在ではないと知っているからだ。
「ただ話をしたかっただけです」
「
「ええ。貴女とは一度、話す必要があると思いましたから」
イリアとアルベールは、2人揃って首を傾げる。今更になって話を、というのも分からない。神である以上は、イリアの人生など把握しているだろう。
そして話をした所で、今からイリアの考えが変わるわけでもない。そんな事はミアから聞いて知っている筈なのだから。
それでもなお会話がしたいと、そう望む意図が2人には分からなかった。明らかに意味の無い行動だ。
今の内にアルベールとイリアを封印すると言うのであれば、まだ分からなくはないのだが。
「人は必ず争う生き物です。それは遥か昔から変わりません」
「それが、何だと言うのです?」
「それと同じ様に、平和に生きて来た人々も居ます」
サフィラが話したい内容と言うのは、この世界の人類についてだった。人類は昔から争いが絶えない生命だ。
しかしそれは動物や魔物とて同じ事が言える。基本的に弱肉強食である事は変わらない。食物連鎖の中で、特別扱いの生命などない。
そのサイクルから逃れられる存在などいない。だがそれは生きる為に仕方のない事であり、人類が起こす戦争は性質が違う。
人類の縄張り争いとも言えるが、動物や魔物は無意味な虐殺まではしない。そこが根本的に違うのだ。
「だから加減しろと言う話ですの?」
「そうですね、。一言で言うならば」
「言われずとも、弱者を虐める様な趣味はありませんわ」
イリアがこれから歩む道は、決して褒められたものではない。世界の全てを手に入れようとする生き方だ。
当然それは争いを生むし、多くの血が流れる事もあるだろう。そしてその分、恨みや怒りを買う事にも繋がるだろう。
しかしそんな事は、今更イリアが気にする様な事ではない。立ち塞がるなら全てを打ち倒すのみ。
だが最初から恭順を示す者まで、無駄に殺めるつもりなどない。それは支配者ではなく、ただの殺戮者だ。
誰も居ない国を治めたとて、イリアの目標には届かない。必要なのは功績であり、無意味な虐殺ではないのだから。
「貴女がやり過ぎない限りは止めません。あくまで人類の行いで留まる限りは」
「それはどうも、有り難いお話ですわね」
「ですが限度を超えた時は、分かっていますね?」
イリアの紅い瞳と、サフィラの紺碧の瞳が交差する。イリアに諦めるつもりはないし、サフィラとて譲れないラインがある。
神とはあくまでも、導き見守るだけの存在だ。直接裁くほどの事は、余程の事情がない限り行わない。
それこそアルベールの様に、本気で世界を破壊しようとしない限りは。そもそも500年前だって、サフィラは直接裁いてはいない。
その件については同情の余地もあったし、悲しいすれ違いでもあったからだ。それはイリアとて同じで、サフィラはイリアにも同情はしている。
だから人類として、大きく逸脱しない限りは咎めるつもりはない。そもそも悪だからと、いちいち介入していればそれはもうサフィラの独裁だ。
サフィラの決めた事に従わない者は排除する。そんな世界はサフィラによるサフィラの為の世界になってしまう。それならもう、人類に自由意思など必要がなくなる。
「それにイリア、貴女の願いは叶いません」
「……言い切りますのね?」
「そのやり方を変えないのなら、いつか必ず
善性から来る世界の統一ならば、サフィラとは敵対しない。しかしイリアの目的は、そんな優しいものではない。
邪魔する者は全て黙らせるという在り方だ。サフィラの導きとは真逆の方針であり、彼女からすればそんな神を増やすわけにはいかない。
人類が神に至るシステムは、創造主が決めたルールでサフィラには変えられない。だからこそ、新たな邪神になろうとするならサフィラは全力で抵抗する。
決して認めるわけにはいかなくなる。だからこその、サフィラなりの忠告であり優しさだった。やり過ぎないなら見逃すと、そう言っているのだ。
「ご忠告、痛み入りますわ」
「分かっていますね?」
「ええ、もちろんですわ」
サフィラの言葉に笑顔で返すイリア。もちろん黙って従うつもりなどない。イリアは既に、如何にしてサフィラを出し抜くかを考えていた。
今の自分とアルベールでは、サフィラには敵わない。だからこそ、どうやって対等な勝負に持ち込むかが鍵となる事は良く理解していた。
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