第22話 暴君の卵と邪神と聖女と
一度イリアに追い返されたミアだったが、あれから諦めずに何度もイリアの暮らすロッジを訪問していた。
普通の人間なら何度も魔の森を訪れると言う狂気的な行動は取れない。聖女であるが故に出来る行いであり、ミア本人は狂って等いない。
護衛の騎士達も聖王国サリアの精鋭達であり、ミアの支援さえあれば魔の森に居る魔物とも戦える。
聖女の行動は女神サフィラの命によるものであり、信仰心が厚い護衛達は誰も文句を言わない。
その結果何度も懲りずに訪れるミアと、そのたびに追い返すイリアと言う構図が定番になりつつあった。
これがイリアに悪意向ける相手ならば、問答無用でアルベールが処理する。しかしミアに悪意は無いし、そもそもサフィラの使いに強引な対応は出来なかった。
その結果ミアの押し掛け女房ならぬ、押し掛け友人と化した日々が続いていた。
「貴女も凝りませんわね! 考えを改める気はありませんわ」
「それはもう構いません。イリア様にも事情があると分かりました」
「ならもう良いでしょう!」
「いえ、まだ貴女の事を理解出来ていません」
ミアは平民の生まれながらも、公爵令嬢のイリアを相手に決して退かない。聖女としての使命感もあれど、それ以上にイリアへの興味が勝っている。
こんな危険な森で生きて来た同年代の女の子。自分と似たような立場にあって、でも何もかもが違う人。
初めて出会ったそんなイリアの存在に、ミアは惹かれていた。そしてイリアも、ミアの全てが鬱陶しい訳では無かった。
しつこくはあっても、不愉快ではない同年代の女の子。この世界で初めて、髪や瞳の色を気にしない人間。
媚び諂うのでもなく、ただ友人としてあろうとする彼女に対してイリアは対応を決め切れずに居た。
「
「ただ知りたいだけです! 深い意味はありません」
「まるで意味が分かりませんわ」
イリアには同性の友人が居なかった。陰口を言われたり、石を投げられたりした事しかない。
こんな風に、ただ純粋にイリアの側に居たがる存在はアルベール以来だった。と言うよりもむしろ、アルベールが居たからこそ起きた結果と言えた。
1年程前のあの日、アルベールと出会った事でイリアの人生は変わりつつあった。悪意に塗れただけの世界ではなく、善意も僅かながらに集まりつつあった。
イリアが暴君ではあっても残虐非道な悪魔にならなかったのは、間違いなくアルベールとミアの存在が大きい。
他者との関わりが、ただの破壊者にならない未来を生み出した。もしこの出会いが無ければ、世界の敵になっていたかも知れない。
「
「聞いておりませんが? 知りたいと言っていませんわよ」
「お互いの事を知っていた方が、これからの為になります」
やや強引なミアに、少々引き気味のイリア。そんな2人を温かな目で見守るアルベールと護衛部隊の隊長。
そんな空間がそこには存在していた。イリアが幼き日に失った物に変わって、新しい人間関係が出来上がり始めた。
ただイタズラに悪感情だけを向けて来る人間ではなく、純粋な好意から近付いて来た初めての人間。
実の両親にすら冷たく扱われたイリアは、この時感じた感情を理解出来なかった。他者に与えられた嬉しいと言う感情を、まだ一度も抱いた事が無かったからだ。
本来なら幼い内に親から受けるべきもの。情操教育がまるでなっていなかったイリアに、芽生え始めた人間らしい心。
ただ生死を掛けた魔物との戦いでもなく、書物に書かれた物語でもない。リアルな人間との交流が、イリアに少しずつ変化を与えて行く。
「また来ますね!」
「来なくても結構ですわ」
「それではイリア様、またお会いしましょう!」
何度イリアが素っ気無い対応をしても、ミアの態度は変わらない。ミアには絶対に友達になりたいと言う意思があった。
こんな殺伐とした森だけでなく、色んな世界を見て欲しかった。こんなに美しい少女が、理不尽に捨てられて良い筈がない。
イリア程に強くて気高い女の子は、ミアの周りには居なかった。そして羨ましいとミアは感じた。自分は絶対にこうはなれないと。
1つ年下だからではなく、生き様がそもそも違うのだ。イリアの目標が褒められた事ではないのはミアとて理解している。
だがそもそも悪いのはイリアではないのだ。ある意味では因果応報、悪意を向けたから悪意で返されるだけの事。
ミアは悪人まで許そう等と考えるお花畑ではない。裁き自体は必要だと思っている。その裁きの後に許しがあると言うのがミアの価値観だ。
「如何にもサフィラの使いらしい少女だ」
「……思っていた聖女とは違いますわ」
「そうかい? 如何にも聖女らしい少女だけどね」
甘い理想に溺れただ耳あたりの良い事だけを、周囲に喚き散らすタイプの聖女も過去には居た。アルベールが封印された500年前の聖女がそうであった。
サフィラがアルベールを止める為に、急遽任命したのが原因だった。そのせいで少々夢見がちな聖女が誕生してしまった。
もしミアが同じタイプであったなら、アルベールは容赦なく叩き帰す。だがどうにも、イリアへの気遣いがあるらしい事はアルベールにも感じられた。
その辺りをまだ学べていなかったイリアは、その事に気付く事は出来ていないが。そんなイリアの波乱に満ちた人生に、邪神だけでなく聖女も新たに加わった。
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