第10話 女王様の華麗なるお散歩③

 アニス王国王都、中央都市ファニスの城下街には様々な商店が並んでいる。5年前までは、それまで続いた前王の圧政により活気を失っていた。

 しかしイリアに王が代わってからは、一気に活気を取り戻した。若い女性で厳しい発言が目立つ為に、当初ファニスの住民達は不安を覚えていた。

 ただの我儘娘に代わっただけではないかと。そんな評価が覆ったのは王が代わってから数ヶ月後の事。


 北東の隣国オーレル帝国が、アニス王国に宣戦布告を行った。元々スパイ活動と前王の悪政により疲弊していたアニス王国だ。

 成人したばかりの18歳が女王など馬鹿げているとオーレルの王は考えた。奪うなら今だと、そう判断を下した。

 当時の騎士団長は処刑され、騎士団も再編の最中だった。そんな判断を下しても仕方なかったのかも知れない。その道の先には、破滅の未来しか無かったとしても。


「兄ちゃん、コイツはオマケだ。もってきな!」


「え、良いのかこんなに?」


「イリア様に代わってから景気が良くてなぁ。こんぐらい構わねぇよ!」


 戦争は僅か2日で終戦となった。初日にはイリアが単身で国境の戦場に向かい、魔法でオーレル帝国軍1万の兵を一瞬で殲滅した。

 2日目にはオーレルの王城にイリアが現れ、結局は全面降伏する事になった。そんな馬鹿げた話があるかと、最初は誰も信じなかった。

 それなりの規模と軍事力を持つオーレル帝国が、たった2日で全面降伏など有り得ないと。


 しかしアニス王国では正式に発表され、各国にもオーレル帝国が属国になった事が通知される。奪う側に回る筈だったオーレル帝国は、逆に奪われる側となった。

 オーレルから様々な物資が中央都市ファニスに届き始めると、流石に国民達も信じざるを得ない。瞬く間に様々な物資が潤沢になり、商人達の利益は上がって行く。

 一方的で不平等な条約を受け入れるしか道が無かったオーレル帝国を踏み台に、アニス王国は一気に国力を上げた。


「別に滅ぼしても良かったのだけど、生かしておいた価値はあった様ね。あの国も」


「イリア様のお陰でここ2年程、国内の景気は上昇傾向です」


「それが気に食わない国。心当たりは幾つかありますわね」


 魔族との対立があっても、人族同士での対立は無くならない。昔から定期的に戦争や小競り合いは続いている。

 特に最近はアニス王国のイリアと、聖王国サリアの聖女ミアの存在により魔族とは休戦中だ。

 今の内に領土の拡大を画策する国も当然出て来る。普通に考えれば、イリアを女王と掲げるアニス王国に手を出そうとは考えない。


 しかし、イリアの功績を疑っている国もある。この大陸では聖王国サリアが中心となり、光の女神サフィラを崇めている神聖教が主な宗教だ。

 その神聖教の聖女がイリアを認め邪神の実在も確認している。多くの国はその発表を信じている。

 しかし宗教色の薄い国だとその限りではない。18歳の小娘が1万の兵を殲滅したなど有り得ないと今も考えている人々も居る。

 オーレル帝国があまりにも弱すぎた事実を、認めたくないからアニス王国の主張に便乗しているだけだ。或いは言わされているだけだと。そう考えている国も幾つか存在している。


「南のモーラン辺りかしらね」


「モーラン共和国ですか」


「最近国内が大変らしいですから」


 アニス王国の北東に隣接していたのがオーレル帝国で、真南で国境が隣接している国がモーラン共和国だ。

 そのモーランでは最近国内の情勢が良くないとの噂が流れている。オーレル帝国の南側、アニス王国からすれば南東で隣接しているリンネル王国は、今の所安定している様子で不穏な動きは無い。

 もし何か仕掛けて来るとするなら、色々と噂が絶えないモーラン共和国が最も可能性が高いと言える。

 魔女に勝ったと言う分かり易い名目でもって、現在の評議会を盤石なものにしたいと考える可能性は十分にあった。

 モーラン共和国は宗教色の薄い国である為に、例に漏れず聖女の声明をそのまま信じてはいない。もしくはそんなモーラン共和国を唆した別の国が黒幕か。


「まあ良いでしょう、どうせすぐに分かる事ですわ」


「……あの男、信用して大丈夫なのですか?」


「嘘をついている様には見えませんわね」


 イリアはそれ程腹の探りあいをした経験はない。その代わりに、生き物の視線や呼吸等から考えを読む経験なら豊富である。

 サバイバル生活の中で積み重ねた経験、直感とも言うべき判断基準でもってイリアは他人を見ている。

 そんなイリアの直感は、これから会う男に関しては問題ないと考えていた。それにもし嘘を教えていたとすれば、破滅するのは男の方だ。

 イリアによる制裁と言う形でツケを払う事になるだけだ。度合いにもよるが、最悪その場で処刑となるだけ。


 別にやろうと思えば、イリアは全て力ずくで解決させる事も出来る。しかしそれはイリアの美学に反している。

 そんな美しくない方法では、アルベールとの楽しい時間にはならない。一瞬で消化してしまってはつまらないと、オーレル帝国との戦争で学んだ。

 またそれとは別に、イリアは人間社会と言う物に興味が湧いて来たのだ。だから敢えて、こんな方法を取っている。


「さあ、着きましたわ」


「イリア様、ドアはわたしが」


「こんな所に罠なんてあるとは思いませんが」


 大通りから外れ、裏通りに入って来たイリアとリーシェは如何にも胡散臭そうな酒場の前に来ていた。

 表通りに並んでいる様な華やかな酒場と違い、如何にも荒くれ者達と言った風貌の者達が屯すエリアに存在している店。

 そんな治安の悪い地域に、見た目だけなら最高級品の女性2人組がやって来たと言うのに、店の周囲に居る男達は誰も絡みに行く事は無い。

 知っているからだ、この2人がどんな存在か。花屋で売られている綺麗な花などではなく、猛毒を持ったとんでもない花であると。


「イリア様、どうぞ」


「ええ、ありがとう」


 イリアが店内に入るなり、視線が一斉に2人へ向けられる。しかしその視線はすぐに逸らされる。

 まだイリアがこの店に来る様になって間もない頃、何も知らずイリアに絡もうとした愚か者が居た。当然その後どうなったかなど言うまでもない。

 常連客はその件を知っているので、猛毒のトゲを持つ高嶺の花には近付こうとすらしない。

 そんな客の空気を察した店主がバーカウンターから入り口を見て、もの凄く嫌そうな顔でイリアを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る