第9話 女王様の華麗なるお散歩②
「お待ち下さいイリア様!」
「あら騎士団長、何かご用意かしら?」
「またそんな格好で……護衛も付けずに城下へ出るおつもりですね?」
イリアが城下街でも浮かない服装に着替えて、裏門から出ようとしていた所を騎士団長のカイル・マリットが目聡く発見した。
アルベールにも劣らない長身に、細いフレームの眼鏡から覗く鋭い眼光から少し冷たい印象を受ける美丈夫だ。
年齢はイリアより少し上の25歳で、その若さで騎士団長をやっている。短く切り揃えた美しい金色の髪と、甘いマスクから国内外の女性達から注目を浴びている人物だ。
氷の騎士様等と呼ばれている事を本人は知らないが、特に国内の女性達からの支持は非常に高い。
前任の騎士団長は横暴で、権力を振りかざす乱暴な大男だった。裏では不正の限りを尽くしていた事が後々発覚している。
そんな前任者とは違い、見目麗しいカイルはしっかり仕事をする男であったが為に一気に人気が爆発した。
「また貴女ですか。イリア様には
「貴女は騎士ではないでしょう、護衛としては役不足です」
「女王の身の回りの世話を、男性に任せる訳には参りません」
リーシェとカイルは初対面から全く気が合わなかった。こうして事ある毎に対立している。
その強さに感銘を受けたリーシェと同様に、カイルもまたイリアに対する尊敬の念は強い。
アニス王国は強国でなければならない。昔からそう考えて来たカイルにとって、イリアは理想的な王であった。
自らを鍛え強くならねば生きられぬ土地で、軟弱な考えで呑気に生きる者達がカイルには理解出来なかった。
明日魔族が攻めて来るかも知れない、魔物氾濫が起こるかも知れない。そんな危機感がまるで無い者達をカイルは毛嫌いしていた。
騎士が国や国民を守るのは当然としても、守られる側とて甘えていてはいけない。自分の身は自分で守れる様になるべきだ。そうカイルは考えて来た。
そんなカイルにとって前騎士団長は更に酷い唾棄すべき最悪の男だったが、カイル1人ではどうにも出来ずに静かに怒りを燃やしていた。そんな時に颯爽と現れたのがイリアだった。
「2人共、その辺にしておきなさい」
「も、申し訳ありませんイリア様!」
「これは見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんイリア様」
イリアもまた、カイルの事は気に入っていた。部下として騎士団長として、非常に優秀で使える男だったからだ。
無能な部下ほど不要な物はないと考えているイリアの、数少ない眼鏡に叶った人物の1人だ。
女王として強引に即位したイリアは、騎士団再編と称して騎士達を魔の森に放り込んだ。先ず強くなってからでないと話にならないと。
そんなイリア式スパルタ教育で、最も結果を出したのがカイルであった。その闘志に燃える瞳が、イリアには好ましく思えた。
とは言え自由に行動したいイリアとしてはぞろぞろと騎士を、何よりも騎士団長のカイルを連れて歩く訳には行かない。ここに女王が居ますよと言っている様なものだ。
「護衛は不要ですわ、分かっているでしょう?」
「しかし、もし何かあったら困ります」
「はぁ……貴方も頑固ですわね。遠くからなら許可しましょう」
「ありがとうございます!」
「いつもの店ですから、後で勝手に来なさい」
カイルは結構頑固な男で、意見を中々曲げる事はない。イリアもそこだけはデメリットだと考えている。
そろそろ面倒臭くなって来たので、次からは視認出来なくなる魔法でも使用するかイリアは悩んでいた。
魔法で空を飛ぶと言う手段もあるが、流石にイリアとてスカートで空を飛びたくはない。かと言ってただ城を出る為だけに、わざわざ手間を掛けるのも面倒臭い話だ。
自分の城から自分の治める土地へと移動するだけだと言うのに。その辺りは今後の課題として考えるとしても、イリアもいい加減出発したい。
行き先を告げて2人はさっさと裏門を出る。容姿を変える魔法を使い、髪の色は有り触れた茶髪へ、瞳の色は淡い青へと変えたイリアは城下街へと向かう。
「イリア様、今日は何をなさるおつもりですか?」
「最近、城下街にネズミが増えているらしいのよ」
「例の連中ですか……排除しますか?」
「まだ急ぐ必要はないわ」
ここで言うネズミとは動物の方ではなく、他国のスパイを指している。幼い頃から裏の世界で生きて来たリーシェは、その言い方で判断がつく。
命じられれば、リーシェは1人で全て排除するつもりだ。実際それだけの実力がリーシェにはある。
イリアに心酔しているリーシェもまた、イリアのスパルタ教育を受けている為に人族としてはかなり強い部類に入る。
魔の森に放り込まれるなんて経験をした事もない他国のスパイ程度では、リーシェの追跡から逃れるのは不可能だろう。
何よりこの国の女王と、女王を溺愛している邪神の魔の手から逃れる事自体最初から不可能ではあるが。
「せっかくですから、見物に行きましょう」
「見物、ですか?」
「ええ、
瞳の色と髪の色から、腹違いの姉妹の様に見える2人が城下街へと歩みを進める。この国最凶の暗殺者と、この世界最凶の女王は静かに動き始めた。
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