第25話 女王様と少年
オーレル帝国に続き、モーラン共和国までも手中に収めた女王イリアは城下町の視察に来ていた。
今回はお忍びでは無く、公務としての視察なので騎士団が大勢護衛として同行している。
女王専用の豪奢な馬車にはイリアと世話役のリーシェのみが乗車し、その周囲を騎士団の精鋭達が警護しながら街中を移動していく。
オーレルとモーランを実効支配した事により、中央都市ファニスの景気はさらに上昇している。
その影響もあり、恩恵を受けた商人や街の人々はイリアが乗る馬車が通ると大きな歓声を上げた。
2つの大国を生かさず殺さずの絶妙な塩梅で締め上げ、アニス王国は成長の一途を辿っていた。
「イリア様〜〜〜!」
「次も期待していますよ〜〜!」
「あぁ、今日もお美しいわ」
古の英雄メアリの魂を持つ為か、それともアルベールの影響か、イリアには女王としての才能があった。
圧倒的強者であり、頭脳も優れ決断力もある。無用な感傷に浸る事もないので、弱い所を突かれて不覚を取る事もない。
かつて世界の7割を支配したアルベールの経験談が、イリアに支配者たる者の在り方を教えてくれていた。
占領した土地に厳し過ぎては繁栄しない。その事を良く知っているので無理難題は押し付けない。
恭順の意思を示すのならば、アニス王国の一部としてその栄光に与る事が出来るのだと目の前に餌をぶら下げて。
あくまでもそのスタンスでオーレルとモーランに接していた。そしてこの状況に最も恐れを抱いているのは、オーレルの南側にある南東の隣国リンネル王国だ。
もはや支配下となった2国は、如何にイリアの機嫌を損ねないかと言う事だけを気にするだけで良い。
しかしまだ独立国家として存続している、リンネル王国はそれ所ではない。
「おい聞いたかよ? リンネルの連中ビビリまくっているらしいぜ」
「ハッ! こんぐらいでビビるとは情けねぇ」
「イリア様みてぇな強い女王だと安心して暮らせるから良いよな」
数年前までは、前王のせいで腰抜けの国とまで呼ばれていた。貧弱な騎士団に不正だらけの王族達。
ジワジワと腐敗が進み国力が低下していく日々とは打って変わり、今や世界最高峰の強国となった。
それを間近で見せ付けられたリンネル王国は戦々恐々としていた。次は自分達が侵略されるのではないかと。
リンネルではそうなる前に早く同盟を結ぶか、自発的に恭順の意思を見せるべきでは無いかと議論が交わされていた。
女王イリアだけでも化け物クラスなのに、騎士団まで恐ろしく優秀となると最早リンネル王国に勝ち目など無いのだから。
「行商人共も今じゃあの様だぜ」
「あれだけ偉そうにしていたんだ、いい気味だな」
かつて傭兵達が集まって出来た国として、本来あるべき姿に戻った事を喜ぶ国民はかなり多い。
他国から来た明らかに足下を見ていた行商人達が今では、アニス王国の人々に媚び諂う有様。その大逆転劇にスカッとした者は大勢居た。
おまけにイリアが考案した魔導具はどれも画期的で、国民の生活水準は年々上がって行く。
水が出る魔導具により、井戸は不要となり地中に敷いた魔法陣が各家庭に魔力を供給している。
それにより魔力を貯めた魔石がその場に無くても、家庭用の魔導具がいつでも使い放題になった。
このハルワート大陸で、ここまで発展した都市はそう多くはない。今はまだファニスだけだが、段階的に農村部もこの水準まで引き上げる計画が既に進行中だ。
「イリア様、到着致しました」
「ええ、ありがとう」
「扉は私が」
本日イリアが目的としたのは、大商人達との会合や現地の視察だ。中央都市ファニスの中心地、王都商工会本部が置かれている立派な木造建築の前で馬車は停まった。
護衛兼世話係のリーシェが先に馬車から出て、イリアをエスコートする。今回のイリアは、東方から伝わった流行りのドレスに身を包んでいた。
体のラインが出るタイトなドレスで、スカート部分に深めのスリットが入っている。布地の各所に東方特有である花柄の刺繍が施されていた。
鮮やかな薄い青をベースに、所々に黄色い染色の花弁がアクセントとして配置されていた。
絶世の美貌を持つイリアの、スリットから覗く綺麗な足が騎士達の集中力をゴリゴリと削る。
私は職務に専念していますと、必死に耐える騎士達とそんな事は微塵も気にしていないイリアの足元に小さな石が飛来した。
「構わないわ、リーシェ」
「かしこまりました」
「そこのお前! イリア様と知っての狼藉か!」
飛来した小さな石を投げたのは、ボロボロになった服らしき布を纏った少年だった。年の頃はまだ8歳ぐらいだろうか。
貧民街にならどこにでも居る様な少年が、必死の形相でイリアを睨んでいた。幼いながらにも、確かな怒りと憎悪を滲ませる視線。
それを平然と受け止めたイリアは少年を見て笑った。けれどもそれは決して馬鹿にする笑いではない。
イリアにとってその少年の姿は、好ましいとすら思える強い反骨精神を感じ取る事が出来た。
「
「お前が! お前が父さんを殺した!」
「沢山殺して居ますから、それでは誰の事か分かりませんわ」
実際にイリアは、最早数千人単位で人を殺害している。直接的にも、間接的にもかなり多くの命を奪った。
そしてイリアにすれば、殺した相手など大体は取るに足らない相手ばかり。蚊でも潰すかの様に、簡単に命を奪って来た。
必要ないと判断した者や、反抗した者など様々だ。無意味な虐殺こそして居ないものの、理不尽に奪った命の数は相当な数になる。
そしてもちろん、イリアはそんな事を気には止めない。強い者が生き、弱い者は死ぬ。それがイリアの基本的な価値観だ。
「ここで商人をしていたんだ! それをお前が!」
「悪いのですが、殺した人間の事なんて興味ありませんの」
「何でなんだよ!!」
「貴方は殺した羽虫の事まで、いちいち覚えていらっしゃるのかしら?」
その言葉に、少年は何も言い返せない。目の前に居る美しい女性の事が全く理解出来なかった。
人間を羽虫扱いするその感性が、幼い子供には不気味に見えた。まるで同じ人間とは到底思えなかった。
実はこの少年は、国家反逆罪で少し前に裁かれた商人の息子であった。母は随分前に病気で亡くなっており、家を潰された今では貧民街の孤児院で生活をしていた。
その母親の死が、商人の男を変えてしまったと言う悲しい過去がある。しかしそんな事はイリアの知った事では無い。
少年から見たイリアと、イリアから見た少年は何もかもが違う。少年の事情をイリアが知らない様に、少年もイリアの過去を知らない。
「私に何か言いたいのなら、先ず強くなりなさい? 私は貴方ぐらいの歳で、魔の森で魔物と戦っていましたよ?」
「だったら絶対強くなってやる! 待っていろよ!」
「ではその時を楽しみにしていましょう。私はいつでも、受けて立ちますわ」
かつての自分を見ている様で、イリアにしては珍しく取るに足らない相手と向き合った。
その幼い憎悪を好ましく感じるのは、邪神の眷属故か。それとも孤児になりながらも、立ち向かおうと言う意思に興味を持ったか。
どちらなのかはイリア自身にも分からなかったが、流し目で少年に視線をやりつつイリアは商工会の建物へと入って行った。
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