第6話 太古の邪神
より強くなる事を選んだイリアは、魔の森で更に9年間もの生活を続け今では15歳になっていた。
可能な限り強い魔物を狩り、その肉を喰らい成長を続けたイリアだったがその日々は過酷の一言に尽きる。
魔の森に生息している中位以上の魔物は全て人間が1人で相手にして良い存在ではない。魔族ですら単独では挑もうとしない。
そんな存在を相手に、イリアは勝利して来た。単独撃破して来た魔物達を並べれば、騎士団や宮廷魔道士の者達は腰を抜かすだろう。まさかまだ10代の少女が、これだけの魔物を1人で倒したのかと。
もちろんその戦いは常に生死を賭けた戦いだ。今やイリアの体には複数の傷跡が残らされている。幸いなのは、その美しい顔に目立つ傷跡が無い事か。
この頃には既に絶世の美女と表現しても、誰も文句を言わない程の美しさをイリアは手に入れていた。
だがそんな彼女とて、まだまだ完璧な人間ではない。失敗をする事だって何度もあった。
「くっ……カハッ……」
イリアはドラゴンの襲撃に遭い、瀕死の重傷を負っていた。ロッジで拝借した衣服は血で汚れ、あちこちが破れている。
何とか魔力が尽きるまで魔法を使い、撃退するには至ったものの結果は痛み分け。何なら肉体の頑丈さで言えばイリアの方が低い為、実質的には負けに近い。
この世界における最強種との激しい戦闘の余波で足元が崩れ、地下深くに落下したイリアは古びた遺跡に倒れていた。
もう自分はここまでなのか、大量の血を失ったイリアは薄れゆく意識の中でそんな事を思う。
「まだ……私は……まだ……」
必死に手を伸ばした先にある、遺跡の壁に血塗れの手を伸ばす。しかしろくに力が入らず壁を掴む事すら出来ない。
そんなイリアの指先が壁に触れた時、遺跡に変化が訪れる。ガタガタと地震の様な揺れが起き、パラパラと天井から石材の欠片が床に落ちる。
イリアが触れた壁のすぐ横にあった石柱がスライドして動き、最深部へと続く門が開いていく。
すると中から冷気が漂い始め、室温が急激に下がって行くのイリアは肌で感じ取っていた。
何かしらの邪悪な気配が近付いて来るのをイリアは感じたが、最早まともに身動きが取れない。怪我と出血によりイリアはもうボロボロだった。
「くっ……このままでは……」
「やあ、君が開けてくれたのかい?」
開いた門から現れたのは、黒いローブに身を包んだ長身の男性。人間離れした美しい顔立ちに、適当に結い上げられた長い銀髪。
色素の薄い肌に、サファイアの様に蒼い瞳が良く映えている。しかしどこか病的に見える不思議な男だった。
これがただの街中で平民に出会っただけなら、イリアも助けを求めたかも知れない。だがどう見ても普通ではないその存在に、イリアの生存本能が警鐘を鳴らし続ける。
「なに……もの……」
「うん? 君、死に掛けているね……封印から解放してくれたのに、見捨てるのも寝覚めが悪いか」
そう言うと男の手から黒い靄が滲み出て、イリアの全身を包み込む。何をされたのか分からないイリアは、何とか振り解きたいが体は動かず成されるがまま。
最初は混乱していたイリアだったが、徐々に体が癒えて行く事に気付いた。枯渇していた魔力も万全の状態に戻りつつある。
まさか治療してくれたと言うのか、そんな疑問が頭に浮かぶが目の前の男から感じる圧力は変わらない。その病的な何かを感じさせる笑みからは、胡散臭い雰囲気しか感じられない。
「何者ですの? 貴方は?」
「うん? 私かい? 私は邪なる神、古から存在する邪悪。かつてアルベールと呼ばれていたよ」
「邪神アルベール!? 御伽噺では無かったと言うの!?」
1万年以上前から存在すると言われ、500年前に封印されたとされる邪神アルベール。そんなものは今を生きる人族や魔族で信じているものは居ない。
神と言えば光の女神サフィラであり、それ以外に神がいるなど誰も信じていなかった。それが目の前にいるとなれば大変な事だ。
魔の森でドラゴンを単独で撃退出来るイリアでも、明らかに勝てないと感じさせる圧力。その強烈な存在感に、瀕死の人間を簡単に治してみせた力。
おまけに魔の森の奥地で、その更に地下深くにあった謎の遺跡。これらを考えれば邪神アルベールの伝説は本当で、何故か自分がその封印を解いてしまった事になる。
「何故、どうして封印が!?」
「君の血が触れたからだよ? 君って大国の王家かそれに近い血筋じゃないのかい?」
「…………ええ、そうですわよ」
邪神アルベールの封印は、当時まだアニス王国になる前の国に居た王族が掛けたものだった。
いつか邪神アルベールを倒せる程の者が現れるまで、それまでその力を封印しいつの日か封印を解いて討伐する為に。
そしてハーミット公爵家は、アニス王国の前身となった当時の王家の血を引く一族だ。薄まったとは言っても、イリアの体にはその高貴なる血が流れている。
イリアが血に塗れた手で封印に触れた為に、事故とは言えその封印を解いてしまったのだ。封印した王家に連なる血族の血、それが封印を解くキーだったのだ。
「一旦助けはしたけど、封印したのは君の先祖だよねぇ? どうしようか?」
「……ここで、殺すつもりですか?」
「うーん、別に君自身に恨みはないからね」
伝説の邪神アルベール、御伽噺と思われていた太古の神が目の前にいる。その状況でもイリアは、己の生存を諦めていない。
まだ自分は復讐らしい事を何も出来ていない。こんな所で人知れず死んでしまったら、結局あの人達の思い通りだ。
そんな結末をイリアはとても許容出来ない。到底認められる終わりではない。最早殺意にすら昇華されていた両親達や王国の貴族達への恨みは、こんな形で終わらせる訳にはいかないのだから。
だからイリアは、絶対に生き延びて復讐を成すのだと闘志を滾らせる。勝てるとは思っていない、だけど逃げ切るぐらいなら。
復讐さえ成し遂げれば、後は邪神が世界を滅ぼそうが最早どうでも良い。それだけを考えてイリアはアルベールと対峙していた。
「…………ハハハ! 良いね君、とても純粋な悪意を感じるよ」
「女性の感情を覗き見るのは失礼ではなくて?」
「怒らないでくれ。その美しい顔に皺を作らないで欲しいね」
「……馬鹿にしているのかしら?」
どうにも掴めない男の態度に、イリアは対応に困る。自分から攻撃するのは論外だ、まだ敵対的な態度を見せて来ていない以上は有り得ない。
ならば時間稼ぎとして、どうにか舌先三寸で適当に会話しながら逃走の機会を伺うか。現状を鑑みればそれ以外に道はなく、出口に繋がっていそうな通路を探す。
しかし崩落によって通路は全て塞がっており、逃げるには空を飛ぶ以外の方法がない。しかし飛行魔法にはそれほど速度はないし、何よりも下から丸見えだ。
邪神から逃げる手段としては下の下。狙い撃ちしてくれと言っている様なものだ。さあどうしたものかと、焦りを見せぬ様にイリアは男の行動を注視していた。
「実はさ、封印されていて力の大半がまだ回復していないんだ」
「……だから何ですの?」
「暫く君の側に居させてくれないかな?」
「……………………はぁ?」
想定外の提案に、イリアは今までした事も無いような間抜けな顔で邪神アルベールを見つめ返した。
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