第5話 公爵令嬢のサバイバル後編
「これは……マナーについての映像かしら?」
魔の森でサバイバルを始めたイリアが、7歳になった頃に見つけた魔道具。記録された映像を映し出す水晶玉からは、貴族のマナー講座が流れていた。
他にも複数の似た様な水晶玉があり、どうやら全て別の物らしい。イリアが一通り目を通した限りだと、内容に一貫性は無かった。
前の持ち主が好きで集めたと言うよりも、とりあえず貰った物を保管していただけ。そんな風に感じさせるラインナップに、イリアは思い悩む。
今更貴族のマナーを習って何になるのか。そんな思いと、6歳までとは言え公爵令嬢として育った矜持。その2つの想いがイリアの中で揺れ動く。
最近は弱い魔物を狩る様になった為に、生傷が絶えない貴族令嬢とはかけ離れた毎日を送っている。だからと言って、野生に帰った訳では無い。
家に帰りたいと言う気持ちだってまだ残っている。そして同時に、両親や使用人達を恨む気持ちもある。
何故こんな形で理不尽に捨てられなければならなかったのか。そして悪魔の使いと蔑み毛嫌いする大勢の貴族達。
高貴な生まれと誇りながら、1人の少女を寄って集って罵倒する大人達。蔑み石を投げて来た同世代の子供達。
自分が捨てられ目に映らなくなった事で、そんな人達が喜んでいると思うとドロリとした黒い感情がイリアの心を支配する。
最早ドレスとは言えない、動きやすさ優先の襤褸布を纏う自分。こんな生活を送る羽目になった原因を思えば、暗い怒りが沸々と沸き上がる。
このまま好き放題をされたままで、本当に良いの? そんな訳がない。そんな想いが日々強くなって行く。
「覚えていなさい……」
幼いながらに復讐を誓うイリアは、マナー講座を始めとしたレッスンに使える映像から貴族の常識を改めて学ぶ事にした。
再びあの世界に舞い戻り、蔑み罵倒した連中を見返してやるのだと心に刻んで。もし悪魔の使いだなどと言う、誤った伝聞を誰も信じていなければ。
イリアの両親が捨てる決意をしなければ。歴代最高の妃と成り得た1人の才女は、暗い感情に飲まれ悪の道へと傾き始める。
イリアは野生の獣の様な日々を送りながらも、貴族のマナーやダンスレッスン等は必ず欠かさなかった。
同時期に遊び耽り、レッスンをサボっている同世代の貴族達と比べればその熱量は段違いだ。そんな地道な積み重ねが、実を結び始めるのはイリアが10歳になった頃だ。
「魔の森が及ぼす成長への影響?」
賢者と呼ばれた女性が残した書物には、彼女が書き残した論文も含まれていた。曰く、魔の森で採れる食物には特別な効果がある。
他の地域で採れる物よりも、沢山の魔素を含む為に魔の森で生きる生物は他の地域で育つ同種の生物よりも発育が良くなる。
と言う様な研究結果が長々と書かれている。魔の森がハルワート大陸の中でもトップクラスに危険で、強力な魔物が数多く生息している理由はそこにあったらしい。
そしてそれは、魔の森で4年も生活しているイリアとて例外ではない。もう結構な量の魔の森産の食糧を食べ続けて来たのだから。
「だから私の体は、成長し続けている?」
本来ならば、成長期に片寄った不十分な食事ではまともな成長など望めない。しかしイリアの体は、十分過ぎる程に成長していた。
同世代の子供よりも高い背丈、女性らしい柔らかな曲線を描く肢体。それでいて子供にしては強靱な筋肉も備わっている。
そして僅か10歳にして、その美しい美貌が片鱗を見せ始めている。周りに同世代の子供がおらず、比較対象が居ないのでイリアにその自覚はないが。
7歳の頃から3年間欠かさなかったマナー等の学習により、立ち居振る舞いはもうただの子供とは言えない。
魔の森を駆け回る狩人としての在り方と、上級貴族として相応しい在り方。その両方を兼ね備えた少女に成長していた。
何よりも特筆すべきは、その高い魔法の才能だ。賢者と呼ばれた女性の技術を複数習得したイリアは、既に宮廷魔道士に匹敵する魔力があった。
技術も含めると、師団長にすら届く強さになっていた。イリアは最早人間と言うよりも、魔族に近い存在になりつつある。
魔族と人間の違いは、魔素の多い地域で育つかどうかだ。魔族領の方が魔の森の様に魔素が濃い地域が多い。
それ故に個々の能力や肉体は魔族の方が人間よりも強くなる。その分、実力主義で個人主義になりがちではあるが。
そもそもの話、例え魔族とて10歳でこれ程の強さにはならない。魔の森から受けた影響がそれだけ大きいと言う事だ。
更に言えば、イリアはまだ10歳の少女でしかない。貴族の成人は18歳なので、まだあと8年あるとするなら。
イリアが最早魔族をも超えた存在となるのは確実だった。元々ハーミット家が武闘派の家系だった事もあり、その血筋に恥じぬ才覚を持って生まれたイリアの成長は著しい。
イリアと同様の素質を持って生まれた彼女の祖父母は優秀な武人だったが、魔族との小競り合いで命を落としていた。
もし祖父母が存命であったなら、鍛錬を嫌い凡夫となった父からイリアを引き取っていただろう。
本来実力主義のハーミット家は、髪の色や瞳の色など気にしない。強き者である事が何よりも優先される。
祖父母が戦死してしまっていた事も、この状況を招いた原因の一つだった。祖父母であれば見抜けた最高の才能は、孤独ながらも自らを高める事に執心していた。
「この話が真実なら、もっと強い魔物を食せば更に成長すると言う事かしら?」
ページを捲るイリアの唇が弧を描く。どうせならもっと強くなろう。そうすればあの人達に、憎き者達への報復がやり易くなる。
誰も到達出来ない様な高みに辿り着けば、誰にも邪魔をされず好きに生きられるのではないか。それこそこの論文を書いた、元の持ち主の様に。
そう考えると、イリアは楽しくなって来た。そうだどうせなら、国そのものを支配するのも良いかも知れない。
かつて見下していた者に
先に悪意を向けたのはそちらの方。ならば悪意で返されても、何の文句もないのでしょう? そんな事を考えながら暗い笑みを浮かべるイリアは、更に論文を読み込むのだった。
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