第4話 公爵令嬢のサバイバル前編

 さあ頑張るぞと意気込んだイリアであったが、早々に苦難が襲い掛かる。最初の壁となったのは、見知らぬ森に居ると言う恐怖だ。

 幾ら聡明で魔法の才能があっても、まだ護身術程度の魔法しか扱えない。そんな状況下で強力な魔物が現れれば、幼いイリアでは先ず勝てない。

 せいぜい最底辺の魔物が倒せれば御の字。食物連鎖で言えば、イリアは魔の森において最底辺の魔物と変わらない。


 イリアは息を殺し怯えながら水と食料を探す。森の中に家を見つける前は、置かれた状況に混乱してあまり意識せずに居られた。

 しかしあのロッジで一息ついて、冷静になった今は違う。僅か6歳とは言え、生物としての生存本能はある。

 そして訴えるのだ、決してこの森は安全な場所ではないと。遠くから聞こえる鳴き声や、風に揺れる木々の音がイリアの精神を削り取る。


「ひぃっ!?」


 バサバサと音を立てながら、大きな鳥が木の上から飛び立つ。それだけの事ですら、イリアにはとても怖い事に思えた。

 もし目の前にある茂みから、肉食の魔物が飛び出して来たら。そんな想像がイリアの頭を過る。それだけで歩む速度は低下する。

 そんな状況ながらも、どうにか川を発見する事に成功する。元々水源の近くにロッジを建てられたのだから、恐怖に震えながら牛歩で進む少女でも見つけられて当然なのだが。

 そんな事をこの時はまだ知らないイリアは、大冒険で財宝を見つけた気分になった。ロッジに置いてあった水筒に水を汲み、ついでにと乾いた喉を潤す。

 どうにか通える距離に水源を見つけたイリアの懸念は、先ず1つ解消した。以前読んだ童話の中で見た、森の木々に傷を付けて迷わない様にする方法を覚えていたイリアはしっかりと実践していた。

 何度も通えば、目印もいずれは必要なくなるだろう。これで水については何とかなる。しかし問題は食料だ。食べる事なく生きて行く事は出来ない。

 川からの帰り道で、木々に実った樹の実を探す。木登りは出来ずとも、風の刃を飛ばす初級魔法がイリアにはある。

 いくつか見つけられた数種類の木の実を手に入れたイリアは、一度実際に食べてみる事にした。


「うぇぇぇぇぇ!? 苦すぎですわ!?」


 そう簡単にご令嬢のサバイバルは上手く行かない。見たことのある果物に似ていたからと、採取してみた樹の実は全くの別物。本来は干して苦味を抜いてからでないと食べられない木の実だった。当然イリアはそんな事を知りもしない。初手から上手く行きそうな空気だったので、油断して丸々1個齧ってしまったのは迂闊であった。少しだけ齧れば良かったものを、思い切り齧ってしまい盛大に後悔する羽目になった。その後も幾つか試食をしてみて、食料とする木の実を選別する。


「……これは、まあ。……こっちは、味がしませんわ」


 何とか食べられそうな物だけを再び集め、一旦は小屋へ戻る。その家名に翳りがあるとは言っても、ハーミット家は腐っても公爵家。十分に裕福な食事を毎日食べられた日々とは随分な差だ。公爵令嬢の食事とはとても思えない質素な食事。その事実にまた悲しみを覚えながらも、生きる為にと木の実で空腹を満たす日々。水と木の実を採取する以外の時間は、家にある書物を読んで過ごす。殆どが大人向けでイリアには難しかったが、貴族の言語学習はかなり早く始まる。ある程度の言語能力があったイリアがギリギリ読めなくもない書物が大半で、知識を蓄える機会だけは膨大にあった。書物の中には魔法の教本もあった為に、魔法の訓練も独学で行えた。かつて賢者と呼ばれた女性が残した魔導書は、かなり高度な内容が書かれていた。無詠唱で魔法を使う方法や、古の魔法陣についての考察など。もちろんイリアは最初から全てを理解出来たりはしない。数年掛けてマスターするまでは、才能のある子供のレベルを大きく逸脱する事は無かった。そんな日々が安定したかと思われた生活は、簡単に崩れ去る。


「…………うぅ……ぁぁぁ……」


 食卓で見掛けた事のあるキノコに似た物を見つけたイリアは、つい興味本位で食べてしまった。森に生えていた名前も知らぬキノコを。どちらかと言えば好みだったそのキノコの味を思い出し、ついつい魔が差してしまったのだ。ろくに森で暮らした事もない少女が、そんな事をすればどうなるかなど言うまでもない。毒キノコを食べてしまったイリアは、三日三晩生死の淵を彷徨う事となった。結果的に言えば、イリアの命を最も危険に晒した回数が多いのは食物だ。食べてはいけない物や部分的に毒を含む果実や山菜。猛毒を含む魔物の肉や、組み合わせてはいけない食材。高い魔法の才能を持っていたイリアにとっては、魔物よりも目で見て分からない毒物こそが一番の敵であった。医療系の魔法は数多ある魔法の中でも特に難しい。幾ら才能に恵まれたイリアであっても、医学までは理解しておらず習得には長い期間を要した。そのお陰で毒物への耐性がついたのは、不幸中の幸いと見るべきか。余程の毒でない限り、成人後のイリアは簡単に毒殺など出来ない。幼少期のそんな綱渡りな日々が、イリアをより強き女性へと成長させる糧となっていった。

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