第3話 悪魔の使い
かつて迫害された少女がいた。漆黒の髪と深紅の瞳を持つ者は悪魔の使いだと言われていた世界。
その世界で生まれた公爵令嬢のイリア・ハーミットは、鮮やかな深紅の瞳と美しい黒髪を持って生まれた。
まさか公爵家の娘が悪魔の使いだとは。そんな噂が流れては、大きな問題になるのは間違いない。イリアの両親は必死で隠蔽に走った。
限られた信用の置ける使用人以外の接触を完全に絶ち、髪や瞳の色を誤魔化す方法を探し続けた。
魔法の存在するその世界では、容姿を偽る魔法があった。しかし同時にその魔法を看破したり強制的に解除する魔法も存在していた。
そんな中でイリアの両親は奔走したが、結局解決は出来なかった。まだ5歳のイリアは、お披露目会でその漆黒の髪と深紅の瞳を晒すしかなかった。
王家の人間も参加するパーティーで、容姿を偽る魔法など使う訳には行かない。下手に発覚すれば罪に問われる可能性があったからだ。
「悪魔の使いだ!」
「呪われた子供だ!」
いとも簡単にイリアが悪魔の使いとして迫害される日々が始まった。幼いながらも聡明なイリアには意味が分からなかった。
何がいけないのか、髪と瞳の色程度で何故そんな大騒ぎをするのか。大人達が騒ぐその様子を見て、イリアは何も理解出来なかった。
そんな冷静で聡明なイリアが、両親には更に不気味に映る。悪意を向けられているのに、毅然としている自分達の娘。
子供たちから石を投げられ罵倒されても、決して折れない1年間を過ごしたイリア。僅か6歳にも関わらず、既に魔法の才能を見せ始めた不気味な子供。
しかしそれは、本当にイリアが優秀な子供だっただけに過ぎない。幼いながらも貴族としての矜持を持ち、冷静に物を考えられる才女。
公爵家としては落ちぶれつつあった、ハーミット家を立て直せるだけの可能性を持つ子供だった。
公爵家と言うだけあり、アニス王国王家の血も流れている。成長の仕方次第では、次代の妃の座も確実に狙える存在。
だがイリアの両親にはそうは映らず、ただただ娘が不気味で仕方がなかった。伝承や伝聞が真実とは違っても、信じられていると言う理由だけで誤った判断を下されてしまう場合がある。
そして今回は正に、その誤った判断をイリアの両親は下してしまう。イリアは亡くなった事にして、捨ててしまう事に決めた。
ハーミット領は魔族の住む魔族領と隣接している。常に魔族の侵攻を抑える役目を与えられた武闘派の家系だった。しかしそれは先代までの話。
今代のイリアの父親はからっきしのお飾り公爵だった。そんな状況にも関わらず、イリアの両親は魔族領とハーミット領の境にある危険地帯にイリアを放置した。
魔の森と呼ばれるその場所は、奥に行く程危険な魔物が現れるハルワート大陸でもトップクラスに危険な地域。
魔族すら避けて通るとされる森の浅い場所で、イリアが乗った馬車だけを残し御者は馬で逃げてしまう。
最初は何も分かって居なかったイリアも、だんだん状況が分かり始めると冷静さを失い始める。
「誰か! 誰か居ないの! 返事をして!」
幼い少女の叫びは、誰にも届く事はない。幸いにも自らの安全を最優先した御者のお陰で馬車に施錠等はされておらず、イリアは簡単に馬車の外に出る事が出来た。
そのお陰でイリアは生還出来たとも言える。もし扉に細工でもされていれば、イリアは馬車から出る事が出来無かった。
その場合は餓死するのが先か、大型の魔物に目立つ馬車ごと襲われるのが先か。そんな未来を回避出来たとは言え、状況はまだまだ良いとは言えない。
どの道魔の森に居る事は変わらず、どこに向かえば帰れるのかも分からない。そもそもイリアはここが何処なのかも分かっていない。
いずれにせよこのままではどうにもならないのは確実。恐る恐るイリアは周囲の探索を始める。
時々聞こえて来る何らかの鳥や獣の鳴き声に怯えながらも、6歳の少女は必死に森の出口を探す。そんな探索の途中で、イリアは森の中に木造のロッジを見つけた。
「誰か居るかも知れないわ!」
大人が居るかも知れない、そうしたら家まで帰る方法が分かるかも知れない。そんな淡い期待を胸にイリアはロッジへと向かう。
しかし何度呼びかけても、人が出て来る気配はない。思い切ってドアを開けてみれば無人。人が生活している気配はない。
雨風を凌げる拠点にはなりそうなのが僅かな希望か。特に荒されたりもしていないので、ここは安全なのだろうとイリアは判断した。そしてそれと同時に、置かれた現状がイリアを襲う。
「どうして……お父様……お母様……」
少女の目から涙が溢れ出る。自分が好かれて居ないのは理解していた。いつも怯えた様な態度で接する両親に、それでも何とか仲良くしたい。
そう考えて幼い内から勉強も魔法も頑張って来たと言うのに。悪意を向けられても気丈に振る舞っていたのも、公爵家の一員として努力すればいつか扱いが変わると信じていたからだ。
それなのにこんな風に、どこかも分からない森に放置されてしまった。6歳ながらに聡明だったイリアは理解した、『悪魔の使い』として自分は捨てられたのだと。
「ぅぅぅ……あぁぁぁぁぁぁ!!」
捨てられた事実を理解して、散々涙を流したイリアは室内を調べる事にした。何であれ自分はまだ生きている。
ならば食べ物や水の確保など、色々とやらないといけない。料理なんて全然知らないけれど、まだ死にたくはない。
そんな思いでイリアは必死で使えそうな物を探す。最初は気付かなかったが、こんな森の中にポツンと建っているロッジにしては物が沢山ある。
水と食料はなくとも、食器類や鍋なども置かれている。何らかの書物の類も大量にあり、意外と何とかなりそうな気配をイリアは感じた。
それもその筈で、このロッジは特別な建物だった。100年ほど前に、賢者と呼ばれたとある優秀な女性がこのロッジを建てた。
貴族の高貴な生まれにも関わらず、魔物の研究にしか興味がない女性だった。魔法の才能も高く、宮廷魔道士にもなれるだけの実力がありながらも研究者になった。
魔物の生態を調べる為に、こんな危険な森の中に住み着き生涯を研究に費した彼女のその後は、あまり知られていない。
魔族と結婚したとか、魔物に食べられたとか。様々な憶測が飛び交ったが、結局真実は不明のまま。
そんな彼女が暮らしていたロッジには、様々な魔道具や専門書などが残されたままになっていた。
彼女の魔法により、劣化する事のない家具類。結界が貼られているので、魔物が近くまで来る事はない。
自動修復する魔法がロッジそのものに施されているので、100年前の建物でも倒壊する危険もない。
そんな特殊な環境に置かれていたのだと、イリアが知るのは10歳になってからだ。それに建物は安全でも、水と食料は無限に沸いて来たりはしない。どうにかして集める必要があった。
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