第2話 聖女と魔女

 アニス王国が存在する大陸は、ハルワート大陸と呼ばれる大陸である。複数の国々が存在し、そこでは人間やドワーフにエルフと言った種族が主に人族と呼ばれている。

 そしてそんな人族と永年に渡り小競り合いを続けているのが魔族と呼ばれる種族だ。かなりの広さを誇るハルワートと大陸を、凡そ半分に割る形で人族と魔族の生息圏が存在している。

 その境にあるアニス王国は、魔族領と国境が隣接している国々のうち最も過酷な地域だ。

 大陸の北側に位置する為に冬季は厳しい環境に置かれ、国の西側にある魔族領との境には大陸屈指の危険な地域がある。


 それ故に昔から武勇と名声を求める多くの傭兵達が集まる土地として繁栄して来た。その関係で気性の荒い者も少なくはなく、国家の運営は多忙の一言に尽きる。

 その日もイリアは政務を行っていた。朝から会議に昼から城下町の査察。午後の謁見では来訪者を迎え入れる。

 そんな中で、イリアに取ってもこの世界に取っても特別な相手が謁見の間に姿を現した。光の女神サフィラに認められた聖女、ミア・オルソン。

 短く切り揃えた金色の髪に、健康的な美しさと可愛らしさを持つ女性だ。平民の生まれながらも、その清き心を評価された彼女は幼い頃に女神の神託を受け聖女となった。


 それから彼女は聖女としての活動を始め、今では全ての人族が住まう国々で聖女として知られている。そして魔族にとっては、最大級に厄介な人間の1人でもある。

 回復魔法と支援魔法に長けた彼女が、1人戦場に出るだけで人族側の戦力が急激に上昇するからだ。

 彼女は魔族に休戦協定を結ばせた人間の1人として知られており、人族側はもちろん魔族側からも一目置かれている。

 では他に誰が休戦協定を結ばせる原因になったかと言えば、聖女とは真逆で邪神の加護を得た女王、魔女と恐れられるイリアであった。


「あら、ミア。今日は何の用かしら?」


「イリア様、もう少し民に優しくしては頂けませんか?」


「それは価値観の違いでしかないのではなくて?」


 心優しいミアにしてみれば、イリアの行いは苛烈の一言に尽きる。強き者も弱き者も等しく挫くその姿勢、気に入らないと言う理由で簡単に処罰する在り方がミアには酷く厳しい様に見える。

 他人にも自分にも厳しいイリアと、誰にでも優しい聖女ミアは何もかもが真逆だ。そんなイリアとて、何も全てを気分で決めている訳ではない。

 全ては愛する邪神と共に在り続ける為。だからこそ、悪としての矜持に拘りを持っている。

 邪神と恐れられる存在と共に居るのが、ただのつまらない小悪党では全く釣り合わない。

 故にイリアは弱者をいたぶる様な行為や、無意味に残虐非道な殺戮を行う事を良しとしていない。


「弱者の地位に甘んじさせる事が、本当に優しいと言えるのかしら?」


「それは……」


わたくしは自分の生きて来た経験から、全てを決めているだけですわ」


「……人は皆、貴女ほど強くは在れませんよ」


 どちらの言い分にも正しさはある。結局のこの世界では、弱者のままでいれば未来は無いと言うイリアの意見。

 それは分かっていても、全員が強者にはなれないと言うミアの意見。どちらも正解であり、間違いでもある。

 正論が必ずしも全員を救うとは限らなくても、正論が正論である事に変わりはない。答えの出ない平行線、交わる事のない在り方。

 それでもイリアは、ミアを心から友人として想っている。お互いに神に選ばれた者として、その領域に至らねば分からない価値観を共有出来る唯一の相手。

 一見すればイリアが否定的な意見をぶつけているだけでも、実際には楽しんでいる。ミアとの意見交換の時間を。


「貴女の言い分も分からなくはありません、しかしその考え方では我が国はやっていけないのです」


「どうしても、方針は変えられませんか?」


「えぇ。幾ら貴女の頼みでも、それは出来ませんわね」


「はぁ……ならせめて、容赦なく追放するのではなく私の元に送って下さい」


 ミアにとっても、イリアは特別な存在であった。ミアには決して出来ない決断をあっさりとやってのける存在。どこまでも現実主義な在り方。

 理想だけではやっていけないと分かっていても、どうしても追い求めてしまう自分が居る。

 そんな自分を全否定するのではなく、あくまでもスタンスの違いでしかないと考えるイリア。それがミアには有り難かった。

 自分は本当に正しい事をしているのだろうか? そう考える切っ掛けをくれるのは、いつもイリアだった。

 聖女と言うだけで妄信する事もなく、かと言って全否定もしない。決して同じ道を歩めはしなくとも、どこかでシンパシーを感じている。


「ミア、今度またお茶会をしましょうね」


「構いませんが、高級品は要りませんよ?」


「えぇ、もちろんですわ。私も無駄遣いに興味はありませんから」


 光の女神に認められた聖女ミアと、邪神に愛されし暴君イリアの面会はこれにて終了。しかし2人の間で、確実に友情は育まれていた。

 お互いにとって最も仲が良い友人は誰かと問われたら、イリアはミアと答えるしその逆も同じだった。

 魔女と恐れられるイリアと、聖女と呼ばれるミアの関係は2人にしか分からない特別な感情で結ばれていた。

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