第31話 大陸会議 後編
サーランド王国の国王ベイルの指摘により、会議室内に居る代表者達の視線がイリアに集中する。
5年に満たない王位でありながらも、既に2カ国も手中に収めたその行い。邪神の使徒であると言う噂や、魔女と言う異名など危険な要素が揃った若き女王。
同じ人族なのかと皆が疑う絶世の美女が、一体何を考えているのかと疑惑の目をイリアに向ける。そんな視線を受けても、イリアは悠然とただ微笑む。
「ふふ、そんなに怖がらなくても宜しいでしょうに」
「……なんだと?」
「そんなに恐ろしいのですか?
挑発したつもりのベイルだったが、逆にイリアに煽られてしまった。話題を振ったのが自分であるだけに、今更言い逃れはできない。
小馬鹿にされたベイルは、怒りで顔を真っ赤に染めながらイリアを睨む。普通の人間であればベイルに睨まれるだけで恐ろしいと感じる。
彼は権力も武力も持ち合わせた精悍な男だ。恐怖を抱いても何ら不思議ではない。しかしイリアは、全く気にもしていない。
子供を誂うかの様にベイルを嘲笑う。元々不愉快だと思っていたイリアが、露骨に見下した態度を取った為にベイルは怒り狂って大声で叫ぶ。
「侵略行為の話だ馬鹿者! そんな話はしていない!」
「同じではなくて? 結局お話の根本は、皆様そこなのでしょう?」
イリアの隣に座るオーレル帝国の女帝、レミアは高速で頭を上下させたい気持ちで一杯だった。
しかしイリアの真横で、そんな事をする勇気がレミアにはない。同じく近くの席に座るリンネル王国の国王もまた、レミアと同じく心から同意したかった。
隣国の暴君が怖くて仕方がないと。だが公の場で、しかも本人の目の前で、王たる立場にありながらそんな情けない事は言えない。
アニス王国から近い距離にある国々の代表者達も、苦笑いで誤魔化すばかりだ。そもそも交流がなさ過ぎて、イリアの事が良く分からないと言う問題もあった。
せいぜいちょっとした挨拶文をやりとりした程度だ。直接会話をするのは今回が初めてだと言う者が大半である。
「大体オーレルは宣戦布告をした側で、モーランは盗みを働いた側。どちらも向こうが仕掛けて来た事。そうよねぇ、ミア?」
「……はぁ。そうですね、どちらも非は相手国にあります」
「聖女様もこう仰ってますわよ?」
「小娘共が! 結託するつもりか!」
もちろんイリアにもミアにも、そんなつもりは最初から無い。親友とも呼べる関係ではあっても、全てにおいて同意している訳では無い。
ミアは正直やり過ぎだと思っているし、イリアの方は手加減したつもりだ。そもそもミアは経済制裁程度で良かったのでは? と言う抗議を既にしている。
それに対するイリアの返答は、国土ごと消し炭にしなかっただけ温情のある対応ですわよ? と言う内容だ。
そんなやり取りがあった事を知らないベイルは、2人が手を組んでいる様に見えた。
「貴方の目は節穴かしら? 私とミアでは方針が違い過ぎますわ」
「……そうですね。何もかも真逆ですから」
「お前らはこんな話で納得するのか!?」
ベイルが他の代表者達に問い掛ける。会議室をベイルが見渡すと、返って来る反応はバラバラだ。
神聖教と聖女に肯定的な国々は、ミアにそう言われてしまっては非難のしようがない。逆に宗教色の薄い国々はベイル寄りではある。
そしてイリアの言い分を正しいと考える者もいる。ベイルの想定より同調する者は少なかったが、これ幸いとイリアへの批判に乗る者も居た。
アニス王国からは随分離れた位置にある国々の中でも、特に種族的な対立がある国だ。ハルワート大陸に住む人族は、何も人間だけではない。
魔力に長けた長命種のエルフや、魔力が低い代わりに筋力に優れたドワーフも居る。彼らはそれぞれ、自身の種族以外にやや差別的な傾向があった。
「そもそもただの人間が、エルフより魔法に優れていると言うのは信じられませんね」
「そうじゃそうじゃ、そんな細い体で本当に戦えるのか?」
「だよなぁ、全部嘘なんじゃねぇのか?」
ニヤリとベイルは笑みを浮かべてイリアを見る。小娘の言い分を全て信じろと言う事自体が、ベイルは気に入らないのだ。
聖女の力は直接見て知っていても、噂に聞くイリアの話はどれも前代未聞だ。ドラゴンすらも単独で狩れるなど、普通は有り得ない話だ。
どんな英雄譚の主人公だと、その話を信じていない者はまだまだ多い。人間であるミアやイリアに仕切られるのが気に入らない。
小娘にデカい顔をされるのが気に入らない。内心ではそう思っていた者達が声を上げ始める。
「嘘? そんなもの、私がつく必要がないでしょう?」
「うわっ!?」
「なっ、なんじゃ!?」
突然エルフ族の代表が座っていた木製の椅子が、綺麗にバラバラに切り裂かれエルフの男性が尻餅をつく。
鋭利な刃物で切り裂いた様な断面に、近くに座っていた面々が驚きの声を上げた。どう見ても魔法なのに、いつ発動されたのか誰にも分からない。
状況的には恐らくイリアだとは理解出来ても、何が起きたのか魔法に長けたエルフ族ですら判断出来ない。
呆然とした表情で全員がイリアを見た瞬間、イリアは意図的に抑えていた魔力の抑制を一旦止める。
邪神の眷属として、蓄え続けた圧倒的魔力と存在感が会議室を吹き荒れる。聖女ミアが纏う空気とは、全く真逆の悍ましい雰囲気が漂い始める。
「勘違いしないで下さる? 取るに足らない存在を相手に、去勢など張る必要なんてありませんわよ?」
「ピギッ!?」
「イリア様、お戯れが過ぎますよ」
「あらそう? ミアがそう言うならここまでにしましょう」
イリアの魔力が再び抑えられた事で、ミアを除く一同は一瞬止まっていた呼吸を再開する事が出来た。
巻き添えでイリアの隣にいたレミアが気絶してしまった為、一度空気を改める意味も込めて休憩を挟む事になった。
仕切り直しとなった会議は、それ以降は恙無く進行していった。しかしベイルだけは、ずっとイリアに対する敵意を向けたままだった。
小娘の威圧に恐れを抱いてしまった事実が、余計と彼のプライドをズタズタに傷つけてしまった。
あまり後味が良いとは言えない大陸会議は、予定通りの日程で行われたのち解散となった。
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