第36話 女王様の朝
アニス王国の一角に、女王イリアの寝室がある。王族専用に作れた巨大なベッドに寝ているのは当然イリアだが、彼女1人だけではない。
イリアの隣にはアルベールが居る。邪神である彼に睡眠は必要ないが、眠れないわけではない。
まだ魔の森で暮らしていた時から、イリアと一緒に眠る様になった。イリアとアルベールが、心を通わせた日からずっと。
本来なら未婚の女王が暮らす寝室に、男性が居るのは許されない。しかしここに居るのは邪神であり、そもそも人間ではない。
そしてイリアも、アルベール以外の男性と結婚する気など無い。それ故に城内に居る者だけが知る、公然の秘密となっていた。
「イリア様、アルベール様、失礼致します」
「おはよう、リーシェ」
「おはようございます。朝食のお知らせに参りました」
「分かったわ」
イリアもアルベールも、鋭い感覚を持っている。リーシェが朝を知らせに部屋に近付いた時点で2人は目を覚ましている。
肌が透けるほど生地の薄い部屋着を着ていた2人は、いつもの服装へと着替える。アルベールはローブ姿に、イリアはドレス姿へ。
リーシェの手際良い作業で、あっという間に朝の身支度は終了となる。食堂に向かう用意が出来ると、3人で寝室を出る。
アルベールのエスコートで食堂へ向かうと、イリアが先に着席する。アルベールはいつもその後に反対側へ座る。
複数人で会食するわけでは無いので、女王専用の食堂には2人分の席しかない。
「本日の予定をお知らせ致します」
「ええ、お願いね」
「幾つかの国から、外交官が来ております。それから隣国のリンネルから王太子が、その他に」
給仕達が食事を運び入れる間に、リーシェが今日のイリアの予定を読み上げる。事前に申請のあった面会が貯まっていたので、今日は朝から外交関係の公務から始まる。
大陸会議の影響は非常に大きく、あれから1週間足らずで面会の申請が続々と来ていた。
分かり易く格の違いを見せ付けた事と、明らかに聖女と深い親交があると知らしめた事が大きな要因だ。
今このハルワート大陸の主導権を握っているのは、確実にイリアとミアだ。その意味を理解した国々が、我先にとイリアとの関係を持とうと必死だ。
今更になって親交を深めよう等とは虫の良い話ではあるが、関係悪化を招くぐらいなら媚び諂う方がマシだと判断されていた。
「今日は随分多いわね」
「イリア様の素晴らしさを漸く理解したのでしょう」
「凡庸な人間では、イリアの価値をすぐには見抜けないさ」
イリアとの敵対は滅びに繋がる。そう考えた国々はかなり多い。大陸会議ではあれだけ見下していたエルフ族やドワーフ族など、我先にと特使を送って来ている。
アニス王国は他の人間の国とは違う、などと言って賛辞の嵐である。あまりの変わり身の早さに、イリアも思わず笑ってしまったぐらいだ。
イリアには激しく尻尾を振るただの小型犬に見えた。イリアは従うなら邪険にするつもりは無い。恭順を示す国には寛大だ。別にどうでも良いだけとも言えるが。
「ただ幾つかの国は、全く使者を送って来てはおりません」
「へぇ、一応注意しておきなさい」
「お任せ下さい」
イリアは今回の大陸会議で、ある程度見極めていた。付き合うメリットのある国と、メリットが無い国を。
そして支配する価値があるか無いかも。程度の低い代表者が出席した国は価値が無いと判断し、聡明な代表者が出席している国は価値有りと脳内で仕分けた。
価値有りの国とは良い取引を、価値の無い国は適当にあしらうつもりでいる。無駄な事に時間を割けるほどイリアは暇ではない。
己の目標の為に、出来るだけ多くの国を傘下に取り入れ覇道を歩む。そうしてもう1柱の邪なる神となるのだ。
「それから密偵達からの報告があります」
「聞かせて頂戴」
「サーランドに怪しい動きがあるとの事です」
「……なるほど、あそこですか」
大陸会議でイリアに対して異常な執念を向けていた男。ベイルが国王を務めている国の動きは、早々に察知されていた。
あの様な男をリーシェが見逃す訳が無い。以前より各国に潜入させていた密偵達を、会議後から一斉にリーシェは動かしていた。
その中でもサーランド王国は、要注意として厳しいマークがなされていた。既に掌の上だと知りもしないベイルは、完全に踊らされていた。自らが破滅の道を歩んでいるとも知らずに。
「支配するには、少々遠いのが困りものですわね」
「
「いえ、お二方にご足労頂く必要はございません」
「そう? 何か策があるのね?」
「はい。既に反国王派を掌握しております」
裏の世界で生きて来たリーシェは、その手の話には詳しい。何よりリーシェは元々東方出身であり、サーランドの裏社会も熟知している。
伝手も幾つかある為、その程度の事は簡単に出来てしまう。イリアとアニス王国に、一泡吹かせたいベイルは早くも崖っぷちに立たされていた。
裏では内乱が着々と用意されているとも知らずに、愚かな男は1人で踊り狂う。地獄への直行便に乗り込み、死の輪舞を踊り続けていた。
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