第37話 イリア暗殺計画

 サーランド王国の国王、ベイルの迷走は止まらない。とにかくイリアに一矢報いる事しか頭にない。

 掌の上で踊らされているとも知らずに、愚かにもイリア暗殺を目論む。自国のみならず、周辺国から凄腕の暗殺者達を集めて回った。

 随分と羽振りよく報酬を用意したからか、数人の暗殺者達が名乗り出ていた。サーランド王国の王城にて、内密な面通しが行われている。


「お前達、目的は分かっているな?」


「ヒヒヒッ、分かってますとも」


「アニス王国、女王、殺す」


「噂が本当か、確かめさせて貰いますよ」


 ハルワート大陸の東側で、名を馳せた闇の社会を生きる者達。残虐な殺し方を好む小柄な男、イーヴェルと呼ばれる快楽殺人者。

 大木の様な巨漢である、剛腕の異名を持つドリー。そして様々な毒を使う頭脳派、屍毒のレスリー。

 最後の1人は無口で何も話さない男、始末屋と呼ばれているデニス。東側の裏社会を知る者ならば、知らぬ者が居ないと言われている4人の暗殺者達。


 そんな男達とベイルは、依頼について取決めを進めて行く。4人が4人共、揃いも揃って癖の強い者達ばかり。

 最初の話と報酬が違う等と揉めれば、逆にベイルが首を狙われ兼ねない。それを思えば、流石のベイルも慎重にならざるを得ない。

 その程度の理性だけは残っていた。今の時点から暗殺に成功した後の事を考えている事が、そもそも大きな過ちであるのだが。


「前金で千、成功した奴には三千払おう」


「ヒヒヒッ! こいつぁツキが回って来たぜぇ」


「金、大事」


「残念ですが、三千は私が貰いますので」


「…………ほぉ」


 通常の王族に対する暗殺依頼としては、破格の金額を提示されて暗殺者達の目の色が変わる。相場の3倍にもなる報酬だ、男達が湧き上がるのも当然だろう。

 それがこの暗殺に見合った報酬かはともかくとして。まだこの世界は、イリアと言う王者を理解出来て居なかった。

 倒したければ、それこそ勇者や聖女が必要になる。今この世界で神を除けば、イリアと勝負になるのはミアだけだ。


 他の存在では抑える事も出来ないだろう。魔王ガルドでさえも、自分が対等な存在にはなれていないと考えている。

 そんな世界の現状を、正確に把握している者は著しく少ない。ミアの言葉を信じた者達も、聖女の言い分を信じただけだ。

 全員がイリアの力を認めたわけではない。先日の大陸会議で、その力の一端を目にした者達ぐらいしか知らないのだ。イリアと言う、この世界最凶の女王を。


「お前ら、甘く考えるなよ。あれはお花畑のお姫様じゃねぇ」


「多少は出来るってぇ、聞きやしたぜヒヒッ」


「強い女、倒す、気分良い」


「ドラゴンですら毒で死ぬのです。人間の女性ではね」


 女性でも十分傑物と呼べる人達がいる。男性にも負けじと善戦する女騎士だっている。しかしそれでも、肉体の差というものは存在する。

 散々人を殺して来たイーヴェルや、力自慢のドリーの様な男にしてみれば女性と言う時点で格下と判断する。

 それは相手を侮っての事ではなく、生物としての宿命から来るもの。男性の方が強靭な肉体を得やすく、女性の方が困難である。

 こればかりは覆りようがない。それがこれまでの世界の常識だった。だが今ではもう、それは常識ではない。既にこの世界は新しい時代を迎えているのだ。


「勘違いするなよ? アイツの首を持って帰らなければ報酬は無しだ」


「おぉっと、そいつぁいけねぇ。癖でバラバラにしちまいそうだ」


「頭残す、面倒」


「おやおや、これは本格的に私で決まりですかね。暗殺はスマートにやるものですよ?」


「…………」


 ベイルはもう勝ったつもりで居るし、暗殺者達も誰が成功報酬をもぎ取るかを考えていた。

 これだけ東方で有名な暗殺者達が揃っていて、失敗するなど中々考えられない。2人も居れば十分な所に、4人も揃っているのだから。

 それで気が大きくなってしまうのも仕方がないだろう。普通の王族ならば、あっという間に殺害されてしまう布陣なのだから。


 だがイリアは普通の女王ではない。ベイルはまだ知らなかったのだ、大陸会議でイリアが見せた力が、その一端でしか無いと言う事実を。

 何年も前に、魔族すら凌駕していた事を知らない。小競り合いとして処理された為に、人族の間では知られていないのだ。

 イリアが羽虫でも潰すかの様に、3千もの魔王軍を瞬殺した話を。


「ククク……小娘が一体どんな死に顔を晒すか、見ものだなぁ」


「ヒヒヒッ! 恐怖に歪ませてやりますぜ」


「一杯、痛め、つける」


「きっと綺麗な死に顔ですよ。毒で一瞬ですから」


「………………」


 真実を知らない愚かな者達は、若き女王を如何にして殺すかを考えていた。自分が死ぬ側に回るなど、全く考えていなかった。

 ここに居るのは、王族の暗殺など既に経験している者ばかり。王の寝所に忍び込む事ぐらい、簡単だと思っている。

 まさか世界屈指のセキュリティを誇る城になっているなど、誰も予想していなかった。アニス王国は数年前まで、他国から侮られていたのだから。

 土地が広大なだけの、田舎の腰抜け集団だと。それが今では、世界屈指の強国へと変わっている。

 ここに居る者達が、現実を知る頃には命など残されてはいないだろう。

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