第34話 新たな目標
数日に渡り眠っていたイリアは目を覚ました。命に別状はないと分かっていたアルベールであったが、それでもイリアが起きて来た事に安堵した。
何が起こるか分からないのが人生だ。実際に一度、メアリの魂は砕けている。そんなイレギュラーな事態を、不安に思う気持ちが彼にはあった。
無事肉体の変化が安定したらしいイリアだったが、どうにも様子がおかしい事にアルベールは気がついた。
「イリア? どうかしたのかい?」
「…………アル、貴方の記憶を見ましたわ」
「
アルベールの影響を強く受けた事で、アルベールの記憶が一時的にイリアと繋がった。それを夢と言う形でイリアは知る事となった。
それはアルベールも予想していなかった事態だ。元々邪神として、眷属を持った事など無かったのだ。そんな事が起こり得る事すら彼は知らなかった。
アルベールは自分の過去を、メアリに関する話をイリアに明かすつもりは無かった。また何度も輪廻転生を繰り返すイリアの魂を、守り続けるつもりだった。
「メアリさんの魂が、
「っ!? それは……」
「貴方はずっと、想い続けていたのですね」
決して告げるつもりなど無かった、アルベールの秘められた想い。自分のせいで死なせてしまった負い目から、そんな資格など無いと思っていたから。
だからずっと、心の奥底に留めていた。見守り続けたのはそれが理由なのだから。決して関わろうとせず、永い間遠くから見ていた。
彼女の隣に立つのは自分では無いと、ずっと己を律し続けて来た。ただ彼女の幸せだけを願い続けてきた。
それだけでは守れなかったから、すぐ近くで守ろうとした結果こうなってしまった。アルベールはその事を酷く後悔した。
「……見たのなら知っているのだろう? 私のせいで君は2度も」
「貴方の責任ではありませんわ」
「違う! 全ては私の! 俺の!」
頑なに自分を責めるアルベールを、ベッドから起き上がったイリアが優しく抱きしめた。イリアはアルベールの過去を、想いを知った。
自分の魂に宿った、1人の女性についても知った。欠片を宿しただけであり、全く同一の存在ではないとも理解している。
それでも途方もない時間を、ずっと想い続けてくれた事をイリアは嬉しいと思った。例え欠片であろうとも、自らの一部を愛し続けてくれていた事が。
ほんの一部だけであったとしても、この魂の持ち主達の気持ちがイリアにも分かる。
「ありがとう、私達を想い続けてくれて」
「私は……感謝される資格などっ!」
「ありますわよアル。貴方の献身を、私が認めます」
実の親からも捨てられた不要な存在。誰にも愛されていない人間。イリアの心の中に楔となって突き刺さっていたトゲと、呪いとも言うべき肩書き。
それらが全て、綺麗にイリアの中から消え去った。両親や同世代の貴族に出会う遥か昔から、ずっと想い続けてくれていたアルベール。
世界中の人類がイリアを嫌おうとも、必ず味方で居てくれる存在。一時は世界の全てが憎いと思えたイリアにも、そんな誰かが居てくれたのだ。
世界がイリアを要らないと言っても、アルベールだけは必要としてくれる。それが今では、イリアの強い味方となっていた。
「メアリさんならこう言うでしょう。弱いから負けたんだ。お前のせいじゃない、と」
「っ!?」
「だからもう良いのです。貴方は十分背負いました」
「イリア……」
イリアの心に楔があった様に、アルベールの心にも深く突き刺さった楔があった。メアリを裏切る形になってしまった過去が、彼女の死後アルベールを縛り続けた。
それこそ1万年以上もの永い永い時間を。その呪縛を、イリアがゆっくりと解いていく。
メアリの魂を持ちながらも、同一の生命ではないイリア。それでもアルベールには、しっかりとメアリが重なって見えた。
負けたもんは仕方ないと、恥ずかしそうに笑う彼女の姿が幻視できた。ずっと重荷を背負い続けたアルベールの瞳から、一筋の涙が溢れ落ちる。
「今度は私が貴方に返します。私達が返します」
「イリア? 何を言って……」
「もう二度と、貴方を独りにはしない。ずっと貴方と共に居ますわ」
「無理だイリア、君は人間なんだ。私とは違う」
この世界の人間は、せいぜい長く生きても100年が限界だ。長命種であるエルフ族の様に、500年も生きられはしない。
例えそれでも500年で、永劫の時を生きるアルベールとは別れの時が必ず来る。それを分かっているから、一緒になろうとはしなかった。
人間と神の間に子は成せない。母親になりたいと願っても、アルベールは叶えられない。老いていく女性を、不老不死のアルベールがただ見送るだけの未来。
そんなものは歪なだけで、健全な関係ではない。だからこそアルベールは、今もイリアと結ばれる道を求めて来なかった。
「私もなれば良いのでしょう? 貴方の様に」
「……君は分かっていない。そんな事をしたら、最悪サフィラが敵に回る」
「構いませんわ、それぐらいの事」
「軽く考えてはいけない、サフィラは強い」
イリアはもう決めていた。自分の進むべき道を見つけたと。窮地に陥っても、助けてくれなかったサフィラ。自分を捨てた両親や国の貴族達。
そのどれもが、イリアには必要ないものだ。世界が敵に回るなら、世界と戦えば良い。サフィラが敵に回るなら、サフィラと戦えば良い。
助けてくれない者達になど、何を配慮する必要があるのかと。邪魔をするなら排除すれば良い。世界が敵だと言うのなら、全て支配してしまえば良い。
「貴方は確かに負けました。でも今回は独りじゃない」
「それはそうだが……」
「それに危ない時は、貴方が守ってくれるのでしょう?」
「…………フッ……ハハハ! 確かにそうだ、その通りだよ。私が守ると決めたのだから」
アルベールは楽しそうに笑う。確かにイリアはメアリの魂を宿してはいる。だがメアリは神にまでは挑もうとしなかった。守ってくれとも頼まなかった。
そこがイリアの個性によるもの。そして何者だろうと、立ちはだかる者は全て倒す在り方はメアリと同じ。
上手く混じり合ったその在り方が、アルベールにはとても好ましく感じられた。そしてこの日、2人の目的が決まった。共に永遠の時を生きる道を、2人で歩み始めた。
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