第47話 元執事長の老人
イリアはハーミット家に帰還してすぐ、邸宅で働く者達を集めた。両親を魔の森に放置した事、これからは自分が当主をやる事などを話した。
気に入らないなら出て行けば良いとだけ告げ、イリアは12年ぶりに自室を訪れた。そこには何も残されて居なかった。
居ない者として扱われていた事に、もう涙を流す事は無い。既に過去とは決別し、前へ進む覚悟が出来ていたから。
困惑する執事達を無視し、イリアとアルベールは客室で一晩を明かした。意外にも仕事を辞めなかった者は多く、2人が朝から行動を始める頃には朝食が用意されていた。
「イリア様!! おぉ……おぉ…………生きて、おられたのですね……」
「貴方は?」
朝の食堂に、1人の老人が飛び込んで来た。その男はイリアの姿を見るなり涙を流しながらイリアの前に跪いた。
その老人は以前この家で執事長の立場にいた男であった。イリアの祖父が当主をしていた頃から仕えており、当然イリアにも仕えるつもりだった。
しかしイリアの祖父母が戦死し、ヴィンスに代替わりした時に解雇されてしまった。まだイリアが生まれて間もない頃の話だ。
それはこの男だけではない。イリアの祖父母が生きていた時代の執事やメイドは、全員が順番に解雇されていた。騎士団の隊長格も全て解雇されていった。
「
「そう、お祖父様の。
「イリア様がまだ生まれて間もない頃に、亡くなっておりますので」
その辺りの事情を、エリオットは詳しく説明していく。イリアがまだ2歳の頃に、2人は戦場で戦死した事。
そしてイリアを気味悪がった両親に変わり、世話をしていたのはエリオットを始めとした古参の家臣達であった事など。
しかしイリアが3歳になる頃には、古参達が順番に解雇されていった。イリアの祖父であるデンゼルに仕えて来た者達は、デンゼルの方針を良く理解していた。
だからエリオット達も、髪や瞳の色でイリアを判断しなかった。ハーミット家では強さこそが全てだからだ。
だからこそ、ヴィンスにはエリオット達が邪魔だったのだ。武人とは程遠く、娘を育てようともしない。その事に苦言を呈した古参の家臣達が、疎ましかったのだろうと。
「なるほど、そうだったのですね」
「昨夜の内に逃げ出した者達に偶然会いまして、それで老骨に鞭を打って馳せ参じました」
「そうでしたか。それで、私に仕えようと?」
「左様でございます。私の様な老人でもよろしければと」
イリアが帰還した事で、屋敷から逃げ出した者達も当然居た。イリアを魔の森に放置する事を黙認した者達だ。
両親が魔の森に放り込まれた話を聞いて、仕えようなどと考える筈もない。特にあの日、馬車に乗っていた御者などは真っ先に逃げ出している。
そんな小物達など、イリアは微塵も興味がないとも知らずに。その辺りの事情を知らない者達は、疑問を抱えながらも転職する理由がないので今も残っている。
給金さえ払われるのであれば、主が誰かはあまり問題ではない。流石に合わないと思えば、辞める者も出る可能性はあるが。
「やる気があるのならば、私に断る理由がありません」
「有難うございます」
「ちょうど執事長も辞めた様ですから、復帰という事にしましょう」
逃げ出した者達の大半は、それなりの立場にあった者達だ。執事長にメイド長、料理長などになる。
騎士団からも隊長格がごっそり居なくなり、今朝から現場はかなり混乱している。その程度はイリアも想定済みだったので、驚く様な事では無かった。
何なら全員居なくなっていても構わなかったぐらいだ。自炊も出来る令嬢であるからして、家臣が居ないなら居ないで問題ない。そこに思わぬ拾い物があったのは僥倖と言えた。
「貴方の他にも復帰したい者が居るなら、連れて来て構いませんわ」
「おぉ、でしたらすぐにでも連絡を入れましょう。喜ぶ者は大勢居ます」
「そんなに喜ぶ事ですか?」
「当然ではないですか! 皆イリア様が当主になる日を待ち侘びていたのです」
まるで自分の孫娘の様に世話をして来た者達だ。おまけに3歳にして神童ではないかと思われる才能の片鱗を見せ始めていた。
古参達はそれを心から喜んだのだ。どうにも頼りにならないヴィンスとは違い、デンゼルの様に気品溢れる才女かも知れないと。
しかし彼らが、その成長を見られたのは最長でも4歳までだ。最後まで見守る事が出来たのは当時の料理長ただ1人。
エリオットなどはイリアが3歳になって間もなく解雇されていた。それ以降は屋敷に立ち入る事も許されなかった。
「イリア様はデンゼル様にも、マリーナ様にも良く似ていらっしゃる」
「マリーナとは?」
「イリア様のお祖母様ですよ」
マリーナ・ハーミットは、イリアの祖父であるデンゼル・ハーミットと結婚した元伯爵家の令嬢である。
昔からお転婆だったマリーナは、令嬢でありながら騎士を目指していた。そんな女性であったからこそ、根っからの武人であるデンゼルとの相性は良かった。
彼女はデンゼルと共に魔族と戦い続けた女傑である。最後は魔族の自爆覚悟の特攻により命を落としたが、彼女が残した功績は大量にある。
年嵩の者達であれば、マリーナ・ハーミットの活躍を知らぬ者は居ない程だ。そんな祖母のかつての姿を、エリオットはイリアに聞かせた。
「ああそうです、これを渡しに来たのでした」
「これは? 扇子?」
「マリーナ様の遺品です。もし自分が死んだら、孫娘に渡す様に頼まれておりました」
エリオットが渡した扇子は、古い物ではあったが現在も現役で使える程に手入れがされていた。
亡き夫人の頼みを聞き届けたエリオットが、大切に保管し続けた証であった。そしてイリアは知った。誰もイリアを愛していなかったのではないのだと。
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