第29話 その手を握るため

 俺が取り出したものは、瑠実の瞳のように綺麗な瑠璃色の宝石が付いた指輪。

 かつて一緒にデートした時に、瑠実が物欲しそうに見ていたから、この際に買ってみた。


「はい。これ」

「え?これ、絶対高いやつじゃん!」

「あはは……。値段のことは気にすんな」


 値段を思い出したくなくて、不意に顔を背けて遠い目をする。

 ホントに高かったんだよ……。余裕で100万超えたし。

 今月はゲームに課金出来ねえ……。


「冴木って、たまにとんでもないことをするよね……」

「とんでもないこと……?」

「いや、何と言うか、予想の斜め上に行くっていうか……」

「余計分かんねえよ」


 俺は肩をすくめて微笑む。

 俺にとっては何事でもないのだが、瑠実にとってはすごいことなのか。

 兎にも角にも、俺は瑠実に指輪を受け取るよう催促するように突き出す。

 だが瑠実はニコニコしているだけで、一向に受け取ろうとしない。


「わ、若山……?」

「あー、ただ受け取るのはつまんないなー!」

「若山!?」

「指に直接嵌めて欲しいなー!」

「若山さん!?」


 急に大声でそんなことを言い出す。

 俺は戸惑ってしまうが、すぐに言いたいことを理解してため息を吐いた。

 まったく……。我儘なやつめ……。

 俺は優しく瑠実の左手を取る。


「……で、どの指につけて欲しいんだ?」

「薬指♡」

「……じゃあ中指な。あと死ね」

「私の要望ガン無視な上に辛辣すぎない!?」

「お前がふざけるのが悪いだろ」

「ふざけたわけじゃなくて本気なんだけどなー」

「はいはい。……ほれ、着けたぞ」


 俺は瑠実の左手から手を離し、瑠実は指輪をじっと見てニコニコしている。


「気に入ったか?」

「うん。綺麗で好き」

「そっか」

「うん」


 輝く指輪の宝石が、まるで自分自身で光っているようだ。

 俺らはその輝きを見つめ、微笑を浮かべる。


「……瑠実」

「……束咲」


 お互いの名前を呼ぶ。今まで苗字止まりだった互いの名前を呼んだ。

 言うんだ。言うなら今しかない。

 俺はそっと深呼吸して、口を開いた。


「瑠実……」

「うん……」

「俺は……お前のことが……」


 ──好きだ。

 そう言おうとしたところで止まってしまう。

 恐怖がまとわりついて、まるで蛇が俺の首を絞めているようだった。

 俺が続きを言えずにしどろもどろになっていると、瑠実は首を傾げる。


「束咲……?」

「その……。えっと……」


 どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。

 恋の痛みとは違う、恐怖から来る苦しさ。

 関係を進展させたいのに、あと一歩のところで関係が変わってしまう恐怖がどうしても俺に付いてまわる。


「……」


 とうとう完全に黙ってしまった俺は俯いてしまう。


「束咲……」

「……ごめん」


 結局、この日はそのまま解散となった。

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