第17話 冴木家。別れの時

 次の日の朝。


「こんな朝早くから帰るのか?」


 父さん達がまだ日も出ていないというのに、帰るとのことらしい。

 俺らは駐車場で軽く話していた。

 ちなみに、瑠実はまだ寝ている。


「うん。俺は仕事柄、休みは少ないから」

「医者も忙しいもんだ」


 俺が力無く笑うと、美愛が俺の背中を勢いよく叩いてきた。

 いってえな。


「何だよ」


 少しイラつきながら振り向くと、美愛が真剣な表情で俺を見つめている。

 ほ、ホントに何……?


「瑠実さんを泣かせたら許さないから……」


 俺がたじろいでいると、美愛はその一言だけ言って車に乗り込んでった。

 全く……。泣かせる気なんて毛頭無えよ。

 俺が誰も聞こえないように小さくため息を吐くと、今度は母さんが俺に抱きついてきた。


「か、母さん!?」

「うう……、やっぱり別れたくない……」

「ちょ、母さん……」


 照れ臭くて父さんに助けの視線を送ると、父さんはそっぽを向く。

 あ、捨てたな。

 俺は少し微笑して、母さんをそっと抱きしめ返した。


「大丈夫だよ、母さん。近いうちに、今度は俺から会いに行くから」

「束咲……!」


 母さんが少し涙ぐんだところで、父さんが「はーい、お時間でーす」と母さんを車の中で

に放り込む。

 そして父さんも車へと乗り込むと、ヘッドライトを点けながらこちらに笑いかけた。


「束咲、次に会うときは、もっと良い男になってなよ」

「俺はもう既に良い男レベルMAXなんですが……?」

「ははっ。その意気だ」


 父さんは「じゃ」と車の窓を閉めて、そのまま出発して行った。

 その際、車の中から「束咲あああああああ!」という母さんの叫び声が聞こえたような気がしたが、勘違いということにしておこう……。


♢♢♢♢♢♢


「どうだった?楽しかったかい?」


 車の中でスマホをいじっている私に、お父さんは穏やかに聞いてきた。

 どうって……。


「まあ……、それなりに楽しかったかな……」

「はいはーい!私も楽しかったわよ!」


 私に続いてお母さんも声を上げ、その天然さに思わず笑みが溢れてしまう。

 お母さんは本当にブレないなあ……。


「うん、そうだね。束咲が作ってくれたカレー、とっても美味しかったしね」


 お父さんはハンドルを握りながら、昨日のことを思い出しているようだ。

 確かに美味しかったな……。


「……また、食べたいな……」


 私は自分にしか聞こえないぐらいの声量で、そう呟く。

 お母さんは、「あ!あのカレーのレシピ、聞いてくるんだった!」と嘆いていた。

 多分、普通にルーを使ったカレーだと思うけど……。


♢♢♢♢♢♢


 俺が部屋に戻ると、瑠実がテレビで自身の過去のライブを見ていた。


「おはよう。珍しいな。お前が自分の活動を見るなんて」


 後ろから声を掛けると、瑠実はびっくりしたのか肩を震わせてこっちに振り返る。


「え、えと……おはよう。菜奈さんたちは……?」

「母さん達ならもう帰ったよ。母さんが最後まで大暴れしてたな」

「あの人らしい……」


 瑠実は上品に笑ってテレビのチャンネルを朝のニュース番組へと切り替える。


「あ、別にそのままでもいいのに……」

「わ、私が悶え死ぬからやめて……」


 瑠実はそう言って、赤面した顔を自身の手で覆って隠してしまった。

 まあ、俺も過去のゲーム対戦プレーを見てて恥ずかしいと思う自分がいるし、その感覚と同じなのだろうか。

 けど、悶え死ぬは大袈裟だろ……。

 俺はそう思いながキッチンへと足を運んだ。


「瑠実、朝ごはんいる?」

「んー、いる!」

「言うと思ったよ」


俺は微笑しながら炊飯器を開けたのだった。

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