第3話 出会いという名の─。

 結城瑠実ゆいじょうるみ

 14歳という若さでアイドル界へ足を進め、新グループ・Zaxyをわずか二ヶ月で東京ドーム公演まで導いたアイドル界最年少リーダー。

 彼女の魅力はアイドル界だけに留まらず、バラエティ番組などにも出演して、結城瑠実の人気は熱が冷めるところを知らない程のもので、「日本が誇る史上最高の国民的アイドル」と呼ばれるようになった。

 そんな結城瑠実が、今目の前に居る。


「結城、瑠実……。本人なのか……?」

「君、私を見てまだそんな野暮なこと聞くの?」

「いや、信じられないっていうか、夢なんじゃないかって……」


 俺の言葉に、瑠実ははあっと呆れ気味にため息を吐いて、俺の手を握った。


「君がもし、これは夢だって思っているのなら、この手の温もりも夢のまやかしだとおもうの?」

「……いや、思わないな」


 俺の手には、確かに人の温もりが感じられる。

 夢ではなく現実だと、ちゃんと感じられた。


「……で、何で結城瑠実が俺と一緒にいるんだよ」

「何でって、君が私をナンパしたんじゃん」

「そうじゃなくて、何でナンパに乗ったんだよ」


 俺の質問に瑠実は口元に指を当て、「うーん」と考え込む素振りを見せる。


「何となく……?」

「何となくで知らん男について行くなよ……」

「え?あ、そっか……君にとってはそうだもんね」

「ん?何が?」

「ううん、何でも無い」


 瑠実は頭を振ってベンチから立ち上がる。

 夕暮れ時のオレンジ色の空を見上げて、瑠実は目を輝かせる。


「ねえ、冴木。運命って、何なんだろうね」

「急に何だよ。哲学か?」

「まあ、そうかもしれない」


 彼女はマスクを着けてクスッと笑う。

 マスク上でも分かりやすい感情の起伏は、アイドルをやっているからか。


「冴木はきっと、まだ高校生だから、選択する余地がある。でも、私みたいに運命が縛られちゃう人だって居るんだよ」

「……」


 少し儚く笑う彼女の瞳には、明らかに哀愁が混ざっている。

 きっと、自分の人気が首を絞めてしまっているのだろう。


「結城は後悔してるのか?」

「結城って……、私の名前は若山瑠実だよ」

「そっか、悪い。それでもう一回聞くが、若山は後悔しているのか?」

「んー、後悔か……」


 瑠実はしばらく考え込む。


「正直なところ、少しだけしてると思う」

「思う……?」


 瑠実は「うん」と頷く。


「最初は、自己満足で心が満たされてた。けど、いつしか普通の女の子として居たいって思うようになってた。憧れって言っても良いかも知れない」

「そうか……」


 有名になり過ぎた人なら当然の思考だな。

 憧れは誰だって持つものだし、その感情は理解できる。

 俺だって、人を羨んだり、憧れたりして成長してきた。

 周りが自分の持っていない物を持っているとなれば尚更だろう。


「うん。だから、今日の朝に事務所を辞めたんだ」

「そうか……って、え!?マジか!」

「マジだよ。私はアイドルを卒業して、これからは普通の大学生として過ごすんだ」


 あまりの告白に、俺は口をパクパクさせる。

 あの国民的アイドルがアイドルを卒業するなんて、驚きしかない。


「まあ、私の卒業は、明日のニュースに流れるでしょ……って、どしたの」

「いや、あまりに衝撃的すぎて脳が追いつかん……」

「そんなに……?冴木って私のファンだったの?」

「いや、”結城瑠実”のファンでは無かったけど、国民的アイドルが目の前にいるだけじゃなく、とんでもないことを告白されたら、誰だって混乱するだろ……」


 ……って、ちょっと待て。

 時々スマホを持って席を外してたけど、それってもしかして、事務所から電話で呼び止められてた……?

 クソッ、考えれば考えるほど辻褄が合う。


「……落ち着いた?」


 しばらくしてから、瑠実はそう優しく聞いてくる。


「ああ、少しだが落ち着いた。……若山は、これからどうするんだ?」

「言ったでしょ。これからは普通の大学生として過ごすんだって」


 そういえば、前にクラスの男子が近くにある大学に芸能人が居るらしいと騒いでいた。


「若山ってどこの大学に通ってるんだ?」

「ん?東神大学だよ。ちなみに君はどこの高校?」

「桐野高校だが……」

「ふーん、どこに住んでるの?」

「東京都目黒区大橋2丁目のマンションの905号室(※架空です)……って、何を言わせんとんじゃ!」

「すっごい素直に言うね……。ビックリしちゃった」

「何で言っちゃったんだろ……」


 整った頭の中が、今度は不安で満たされる。


「……帰るわ」

「え?でも……って、歩くの早っ!」


 身の危険を感じた俺はすぐに離れるべきだと早歩きでその場を立ち去る。

 瑠実が後ろで何か言っているような気がしたが無視だ無視!


 結局、その日はゲームのデイリーをするのすら忘れ、ベッドでふて寝した。


──────────

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