第21話 恋とは苦しいから『恋』と呼ぶ

 昼休み──。


「ううっ……。束咲に侵された……。もうお嫁に行けない……」

「おい、止めろ。死にたいのか」

「え、冴木くん、一体何をしたの……?」


 3人で学校の屋上でのランチタイム。

 この昼飯を食べ終わったら速攻帰宅である。

 悠輝はまだ小休憩のことを引きずっているようで、いつまでも引き合いに出してくる。

 こいつ、懲りねえな……。

 悠輝の言葉に安奈はドン引きである。

 俺は呆れて肩を竦めた。


「そう言えばさ、若山先生の娘さんって見た?」


 悠輝が思い出したかのように口にする。

 そういえば見てないなと思い「いや……」と首を横に振る。


「あっ、私は見たよ」

「おっ、マジか。どんな人だった?」

「えっとね、マスクしてて、メガネ掛けてて、帽子かぶってた。顔はよく見えんかった!」

「……不審者の間違いじゃね?」

「俺も思った……」


 安奈が見たと言う女性が何とも歪な格好で、思わず引いてしまう。

 そんなに顔を見られたくない人なんだろうか。

 ……ん?顔を見られたくない……?最近どこかで……。


「ん〜?束咲〜?どした?」

「……いや、何でも」


 なんとなく違和感を感じ、どうしてか考るが思いつきそうに無いので放棄。

 俺は食べ終わったコンビニのおにぎりのゴミを袋の中に入れ、そのまま立ち上がる。


「悪い。トイレ行ってくる」

「あいよー」

「早く戻ってきてね〜」


♢♢♢♢♢♢


「ん〜?やっぱりどこかで」


 トイレで用を足した俺は、手を洗いながらやはり違和感を覚える。

 何か忘れてるような気がするんだよなあ。

 そもそもなぜ今日はこうも違和感を覚えるのかが分からない。

 学校ではいつもどうりに過ごしているはずだ。

 なのに何でこうも……。

 首を傾げながらトイレを出る。

 その時、「あっ」と聞き覚えのある声がした。

 ふと横を見ると、赤い帽子を深々と被り、目元がよく隠れる眼鏡に顔を覆い隠すようなマスク。

 俺はその人を見た瞬間、「ああ、なるほど」と違和感の正体を察した。


「なにやってんだよ。若山」


 俺がそう言うと瑠実はマスクだけ外して力なく笑う。


「えへへ……。バレちゃった」

「そりゃあな。お前の変装は腐るほど見てる」

「冴木はやっぱり気付くかあ」


 瑠実は「自身あったのになあ」と消沈したかのように肩を落とす。

 自信を持つのは、その不審者じみた格好をどうにかしてからと思うんだが。

 と思ったが、流石にそれを言ってしまえば怒ってくるので言わないでおく。


「そういえば、何でウチの学校に来たんだ?」

「え?あっ、そのー……えっとー」

「まさか理由もなしに来たのか?」

「そんなんじゃないし!……でも、理由は……言えない……」

「そ、そっか」


 瑠実は少しだけ顔を赤くして視線を逸らす。

 その仕草を見て俺はドクンと心臓の音がうるさくなっていく。

 何だろう。いつもよりも瑠実が何百倍にも可愛く見える。

 いや、美人さんなのは分かりきってんだけど、そんなんじゃ形容できないほどに愛おしく感じてしまう。

 何なんだろうか、この気持ちは。

 感じれば感じるほどに、息が出来ないほどに苦しくなる。


『恋って言うのはね、こう、胸がキュウってなる感じなんだよ!』


 ふと、安奈の昔聞いた言葉が脳裏に蘇る。

 もしかしてこれが……。

 その瞬間、窓から撫でるような風が吹く。

 その風は冬ということもあり、冷たくてくすぐったかった。


「風、気持ちいいね」

「そうだな」


 瑠実の長い髪が、風で優しく揺れて、瑠実はそっと微笑む。

 俺はその顔から目を離せずにいた。

 ラブコメで、お互いに恋を自覚したのであれば、さっさとくっ付けばいいのにと思ったことがある。俺はもどかしいのが嫌いだからだ。

 けど、今ではラブコメの登場人物の気持ちがよく分かる。

 この気持ちが、この苦しみが心地良かったから、まだ感じていたい。

 恋とは苦しいからこそ『恋』と呼ぶのだと、心の底からそう思った。

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