第6話 アイドルの憧れ

 駅から出ると、とあるビルの掲示板の広告が目に入る。


『瑠実のイチオシ!BUTEEY化粧水!』


 瑠実が出演している広告だ。

 さすがは国民的アイドル。大々的にその顔が映し出されている。

 広告を見ていると、本人が「ちょっと……!」と頬を突いてくる。


「本人がここに居るのに、何で画面の方の私を見てんのよ」

「いや、何というか、アイドルしてんなって……」

「それ、どういう意味よ……」


 瑠実が呆れ顔でそう言ったところで、周りの人から、とある話題が聞こえてきた。


「いや、まさか瑠実ちゃんがアイドル卒業だなんて、驚きでしかないわ」

「それな。明日からなにを朝飯で食っていけばいいんだ」

「お前、俺の話聞いてた?」

「聞いてたぞ。朝食でパンとご飯、どっちも食べれなくなったって話だろ?」

「「ちげえよ!」」


 あまりのボケに思わず俺もツッコんでしまった。

 どういう会話してんだよ……。


「冴木、急にどうしたの?声を上げちゃって」

「あ、いや、何でもない。行こう」


 瑠実を心配させながらも、俺らはそのまま駅前から立ち去って行った。


♢♢♢♢♢♢


 公園に着くと、それなりの人だかりで道がぎゅうぎゅうに混んでいた。

 別にはぐれそうなものではないが、少々動けなくてイラっとするような感じ。

 ふと瑠実のほうを見ると、少し困った顔で歩いている。


「若山、大丈夫か?」

「……イラっとはしてる」


 どうやら瑠実もイラッとしてるようです。


「もし大丈夫じゃないなら、ベンチで……って、ベンチは座れないな」


 ベンチの方を見ると,全てのベンチが埋まっている。

 座るとこ無いじゃん。


「どうする?帰るか?」


 不安になってそう聞くと、瑠実は「ううん」と首を横に振る。


「ここまで来て帰るとかあり得ないから」

「お、おう。そこまで必死なのな」

「だって、クリぼっちは寂しいじゃん!」


 おおう、どストレートに言いますね。

 じゃあ、俺じゃなくても良く無いですか?


「ま、それはそれとして、イベントの企画会場はどこにあるんだ?」

「ああ、それはもう少し進んだところに見えてくるはずだよ」


 瑠実がそう言うのと同時に、イベントのステージが見えてくる。

 そこではもうすでにパフォーマンスが始まっていた。


「ねえ、冴木!盛り上がってるよ!」

「ああ、そうみたいだな」


 俺らは何とか人混みをかき分け、ステージの観客席に辿り着く。

 盛り上がりからして、それなりに有名な芸能人でも来ているのだろうか?

 背伸びをして何とかステージ上を確認すると、よく知らない歌手がギターを弾き語りしていた。

 だが、瑠実は目を輝かせてステージを見ている。


「若山、あの歌手の人、知ってんの?」

「ん?知らない」

「いや、知らんのかい!」


 いかにも「知ってます」みたいな顔してたやろ!


「知らないけど、歌詞がいいなって……」

「あ、そういう……」


 ふと曲に耳を傾けると──。


『君を一目見たあの日から〜♪君のこと忘れられない〜♪』


 とてもロマンチックな歌詞だ。

 女性が惹かれるのも理解できる。


「若山って、こういうロマンチックな曲が好きなのか?」


 ふとした質問に瑠実は首を縦に振る。


「うん。こういう歌を聞くと、普通の恋愛をしてみたいなって」

「……」


 瑠実の儚げな笑顔に、俺は少し顔を熱くする。

 なんだかその表情が可愛く見えてしまった。


「若山って、恋愛とかしたこと無いのか」

「うん。無いよ」


 照れ隠しで聞いた話題だったが、瑠実はステージから目を離さずに答える。


「恋愛をせずに、気付けばアイドルだったんだから、恋愛なんてする余裕がないよ」

「そっか」


 俺はこれ以上何も聞かずに、瑠実の隣で、その歌を聴き続けていた。


──────────

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