第7話 若山、歌います!
「はあー、楽しかったー!」
「そうだな」
俺ら二人はイベントが終わったあと、街を歩きながら雑談を交わしていた。
なかなかに良いイベントだったため、なかなか余韻が抜けず、何の目的も無いのにブラブラと歩くだけになってしまっている。
「曲もなかなかに良かったし、アレで無名って信じられない」
「ツイートすればいいじゃんか。いいアーティストが居たって」
俺の提言に瑠実は首を横に振る。
「ダメダメ。私がツイートすると、その人が一瞬で有名になっちゃう。一から頑張ってきた私からすれば、自力で有名になって欲しいって気持ちが大きいの」
「そうゆうもんか?」
「そういうものなの。それに、努力せずに有名になった人たちで、あっという間に潰れていった人たちなんて、私はごまんと見てるからね。努力で上がって欲しいの」
そう言って瑠実は懐かしげに目を遠くさせる。
恐らくアイドル活動の時を思い出しているのだろう。
いやアンタ、昨日までアイドルだったのに、遠い過去みたいな目をすんじゃねえよ。
「……っていうか、瑠実も一応はアーティストだったんだよな」
「なによ、一応って。私はちゃんとアーティストですけど?」
「じゃあ、さぞかし歌も綺麗なんだろうなあ」
今まではテレビでの広告で見たことのあるだけで、結城瑠実の曲は聞いたことがない。
どれほどの歌唱力を持っているのかは当然気になるところだろう。
「……私の歌、気になる?」
「えっ……?まあ、そりゃあ、国民的アイドルって言われるほどだから気にはなる」
俺がそう言うと、瑠実は何やらスマホを取り出す。
「若山……?」
「一番近いのは……、ここか。さ、行こっ!」
「え!?」
俺の手を取って、無理無理歩かせる瑠実。
行くって、一体どこに!?
♢♢♢♢♢♢
「ヘーイ、エブリワン!盛り上がってるかー!」
「い、イエー」
瑠実が連れてきた場所はカラオケだった。
さすがはアイドル、アクティブっすね……。
俺が歌を聴きたいって言っただけで、まさかカラオケに連れて行ってくれるとは……。
……っつか、今更だけどエブリワンは皆さんって意味で、ここには俺と瑠実しかいねえだろ!
それに──。
「若山……。俺、家に帰らないと補導される時間になりそうなんだけど」
今の時間は22時目前。
帰らないとアウトを喰らう時間だ。
だが、瑠実はそんなものお構いなしにカラオケに曲を入れる。
「ん〜?ダイジョブでしょ。私、成人してるし」
「成人って……、そりゃ去年から18歳に引き下げられたけど」
「まあまあ、君が私の弟を演じればいいだけの話でしょ?」
「随分と似ていない姉弟だな……」
「おっ、冗談上手いね」
冗談じゃなくてホントのことだろと言おうとしたところで、その言葉を飲み込む。
先程、瑠実が入れた曲が流れ始めたのだ。
「おっ、きたきた〜」
瑠実はマイクを持ち、カラオケのテレビ画面へ視線を向ける。
曲は誰しもが知っているアニソン。
こういうの好きなのかなと思ったところで瑠実が歌い始めた。
『見つめて〜♪君には〜♪』
物凄い歌唱力だ。
瑠実の可愛らしい声が最大限活かされているだけでなく、聞き手を不快にさせないように気遣ってもいる歌声。
公園のイベントで歌っていた人とは比べ物にならないほどだ。
思わず聞き惚れてしまい、気付けば3番への間奏へ入っていた。
「ちょっと、ちゃんと聴いてる?」
間奏中、瑠実がそう聞いてくる。
「ああ、聴いてるよ」
俺がそう答えると、瑠実は満足そうにマイクを口元へと運んだ。
ラストスパートだとも言いたげに、瑠実の表情は輝いていた。
『さあ、一緒に歩こう〜♪君の笑っているところを見たいから〜♪』
曲が終わると、瑠実は満足げにマイクをテーブルに置く。
「はあ〜、楽しかった。どうだった?」
「……めっちゃ良かった」
「ふふっ、それは良かった」
瑠実は微笑して、タブレットを渡してくる。
「……これは?」
「タブレット」
「ちげえよ。何で渡してくるんだって言ってんだ」
「何でって、冴木も歌うんだよ」
「……」
俺は無言でタブレットを受け取る。
そのまま曲を入れ、曲が流れ始めた。
俺がそれで音痴だと瑠実にバレて、大爆笑されるのはここだけの話だ。
──────────
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