第15話 あの冷たい記憶
俺らはあの後、俺の家へと戻っていた。
去年なら初詣してはいさよならだったんだけど、今年は俺の家へと泊まるとのこと。
それを知った時の美愛の表情と言ったら、もう凄かった。
早く帰りたいって思いっきり顔に書いていた。
その時に俺が「そんな顔しなくても」と突っ込んだら、「うっさい!」と逆ギレされた。
理不尽……。解せぬ……。
そんな俺は今、夜ご飯の支度を父さんと行っている。
女性陣はお着替え中です。
「…………」
「…………」
き、気まずい……。
父さんに振る話題が見つからなすぎて気まずすぎる……!
そんな無音の空間で作業してる中、先に静寂を切り裂いたのは父さんだった。
「……束咲、瑠実さんとはどんな感じなんだ?」
「え?ああ、別に普通だよ」
「普通って……?」
「普通は普通だ」
俺の言葉に父さんは首を傾げる。
母さんと一緒に居すぎて頭がとうとう天然になったか。
「俺らはただの友達だ。俺は少なくとも、そう思ってる」
「へえ……」
「なになに?何の話?」
俺らが話していると、美愛が会話に加わってくる。
どうやら先に着替え終わって出てきたようだ。
アイドルは早着替えが得意だって聞いたことがあるけど、瑠実は違うのだろうか。
美愛の問いに、父さんは穏やかな口調で答える。
「ああ。あの束咲が、瑠実さんのことを友達だって言っててね」
「へえ。束咲にぃ達って出会って一ヶ月も経ってないんでしょ?」
「ああ」
「そんな短期間で友達って言えるなんて、瑠実さんは良い人なんだね」
父さんのその言葉に、美愛はふふっと笑う。
「ね。過去にあんなことがあってどうなることかと思ったけど……」
美愛のその一言で、一度は温まった雰囲気が、また一気に冷めていく。
美愛はすぐに自分の言葉が失言であったと気づいたが、もう遅い。
俺は美愛の一言を拍子に、とんでもない寒気が体を襲った。
蘇るのは、あの時の記憶。
自身の腹が熱く、ひんやりとした感覚が脳裏に蘇ってくる。
呼吸が出来ない。足に力が入らずにへたれこんでしまう。
はあっ、はあっと必死に息をしようとするが、余計に呼吸が苦しくなる一方だった。
ああ、意識が遠……のいて……。
目の前が真っ暗になりかけたその時だった。
「……冴木!しっかりして!」
突如として聞こえてきた心地よい声。
その声を拍子に、手放しかけた意識を再びしっかりと掴む。
ハッとして周りを見ると、俺の体を支えている父さんと、涙で顔面ぐしゃぐしゃの美愛と母さん。そして──。
「冴木……!よ、良かった……!」
必死そうな顔から安堵の表情へと変貌する瑠実が目の前にいた。
「ご、ゴメン……。もう大丈夫だ……」
俺が少し立ちあがろうとすると、まだ足に力が入らないままで上手く立てそうにない。
それをすぐに察した父さんは俺の腕を自身の肩に回し、支えながらゆっくりと立ち上がった。
「俺がソファまで運ぶよ。菜奈、料理を見ててくれるかな」
「え、ええ」
父さんは俺の負担を考慮しながらゆっくりと歩き、ソファへと運んで言ってくれた。
ソファへと父さんが下ろしてくれると、真っ先に俺のところに来たのは美愛だった。
「束咲にぃ……っ!ごめん……。ごめんなさい……!」
顔面ぐしゃぐしゃで俺の手を握りながら何度も謝ってくる。
いつもは可愛い顔が台無しだな……。
俺は「大丈夫だから」と何度も言うが、美愛は謝罪の言葉だけ涙と共に繰り返す。
握られた俺の手は、可愛い妹によって握りつぶされそうだった。
♢♢♢♢♢♢
あの後、美愛は何とか落ち着いて、今は静かにご飯を食べている。
俺もだいぶ良くなって、普通にご飯は食べていた。
だが、雰囲気だけはなんとも冷たい。
いつもは天真爛漫な母さんも、今は気まずそうな目で白米ばかりを見つめている。
「あ、あの……」
静寂を切り裂いたのは瑠実。
その言葉は、皆の視線を一気に集める。
「今日、私もここに泊まって行っていいですか……?」
「え……?」
衝撃の言葉に俺は固まった。
「その、さっきのことがあって、冴木……束咲くんが心配で……。何かしてあげたいんです!」
瑠実はそう言って頭を下げる。
その行動に、父さんはそっと微笑んだ。
「束咲、どうする?」
「どうするって……」
俺のために泊まるっていうのは嬉しいけど、それにしたって男の家に泊まるのは……いや、母さんと美愛がいるから安心できるか……。
けど、アイドルがそう易々と男の家に上がり込むのは……って、これも今までのことがあって何も言えねえ……。
こうして考えると、断る理由がねえわ。
「まあ、良いんじゃない……。俺のためって言うし」
俺がそう言うと、瑠実の顔が一気に明るくなる。
それを見た母さんはいつもの笑顔を取り戻して──。
「それじゃあ、早速だけど瑠実ちゃんの家へ荷物を──」
「あ、それなら大丈夫です」
母さんが勢いよく立ち上がったところで、瑠実が制止の言葉を掛ける。
母さんが「え?」と首を傾げているところに、瑠実は玄関にある大きなカバンを指差した。
「荷物ならありますので」
「「「「え、ええぇ……」」」」
絶対元から泊まる気だっただろうと、冴木家全員がドン引きしてしまった。
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