2-12 本番より怖い【side 早弥】

 教科書や学習漫画でしか見たことのない、平安京を上から見た構図。

 それに似た景色が、今、ぼくの目に映っている。


「こ、これが……」

おうきょう。向こうに見えているのが後宮」


 自分が思ったよりもガチめの宮殿すぎて、思わず身を引く。

 なんか……なんか、なんかなんか。

 これをゲシュタルト崩壊っていうの? え、違う?


 それよりも。


「ここは……?」

「街道。まっすぐ行ったら、正門に着く」


 街道、とは言われたけれども、ただの未整備の道だった。小石と雑草。これが宮廷の正門への道とは、到底思えない。

 でも、他に道が見当たらないので、本当にこれなんだろう。


「はぁ……って、霊弥くんと眞姫瓏ちゃんは?」

「ん? ここからだと会場が遠いから、別ルートに飛ばされたんじゃない? 一応眞姫瓏には護衛をつけてるし」

「え、でも僕たちには護衛……」

「何かあったら、俺がやるから大丈夫だよ」


〝やる〟が〝殺る〟にしか聞こえなくて、思わず「やめて」と苦笑い。

 罪だから、やめてほしいよ、本当に。でも、やりかねないから、止めないと。


「眞姫瓏ちゃんでは処理できない、と?」

「まぁ。他にもあるけど」


 他にもあるんだ。まあ、そうだよね、と心の中でつぶやいて、足を踏み出す。

 と、足元を見た途端、目を見開いた。


 藍色の布のはな。男物のぞう。真っ白な足袋たび

 すなわち和装。……和装? 和装?


「どうかしたの?」

「……ワソウ?」


 あれ、僕は黄泉比良坂にいたときは、普通に私服を着ていたはず……。

 本当に何が起きたんだ?


「あー、強制的に着物に替わるって、言ってなかったっけ。あのままの格好じゃ投獄されそうだったから」

「投獄!?」

「うん。見知らぬ異国の謀反者って思われたら最期だよ」


 そういうことは笑顔で言うことではない。確実に、笑顔で言うことではない。果たして、そういう発言が、この数週間の間に何回あったことやら。


「ほら、早く行くよ。試験始まる前に着かなかったら二度と顔見せないでね」

「そこまで言う!?」


 ひ、ひどいな……そこまで言う必要ないでしょ……。

 嫌われてはいないでしょ!?


「え、あと何分?」

「あっても十五分かなぁ」


 ……えっ、十五分しかないの?

 ここから試験会場まで、結構距離あるよね……?


「わー走るしかないのー!?」

「頑張れー。俺は飛んでるねー」


 もしも翼があったなら、今ここから、試験会場までひとっ飛びしたい。

 それさえ叶わぬ僕は、走るしかなかった。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 試験会場は、宮中の北側にある広間だった。


 桜雅京自体は平安時代っぽいんだけど、ここは書院造というか、ごく一般的な和室に似ている気がした。

 まあ、豪華さや広さは、比較にならないんだけど。


 で、寳來くんはというと。

 受験生が結構増えてきた辺りで「仕事があるから」と言って、どっかに行ってしまった。


 和室に並べられた長机の上には、漢数字で受験番号が書かれていた。

 アラビア数字はないの!? と聞くと「あるわけないじゃん」といっしゅうされた。


 それにしても……と辺りを見渡す。

 辺りにいるのは、見たことのない人外ばかり。


 完全なる人間に近い姿にへんするのって、たぐまれな能力なのかな、と思ってしまう。


 黒い狐の尻尾が一本だけ生えた、陰気な感じのあやかし。

 指から火花が見える、燃え立つ炎のようなあやかし。

 輪郭りんかくさえも曖昧あいまいな、影のような不気味なあやかし。

 全身が、ガラスのような虹色の光におおわれたあやかし。


 銀髪碧眼ぎんぱつへきがんという部分は特殊でも、ただの人間である僕は、少し浮いているように見えた。


 ちらほら、僕の方を見て、笑い出す者や、変わったものを見るような目で見る者も多く。

 うん。僕、人間とはいっても、妖力の片鱗へんりんがあるんですがね。


 自分の席に座っていると、隣に、黒髪の女の子が座った。

 頭から、黒いきつねの耳を生やしていた。よう末裔まつえいのようだ。


「……真如しんにょみょうほう……輪転円満りんてんえんまん……じゃ散去さんきょ……」


 えっ、何々、怖っ。なんか怖い言葉をブツブツ言っているんですが。

 呪いか何かかな?


「……邪顕正じゃけんせいおんみょうりょうだんふつせいじょう……」


 なんか怖い! いや、本当に怖い!


 隣の席の女の子が、顔を伏せたまま、低い声でブツブツ唱えてるんだけど。

 僕、なにか悪いことした? してないよね? そもそも話したこともないし、今ここで初対面なんですけど。


 ちらっと視線を送ると、黒い狐耳がピクリとも動かない。

 彼女の足元には尻尾が一本、静かに床の上で揺れている。ああ、妖狐なんだろうな。耳も尻尾もちゃんとついてるし。


 ……それは分かるけど、分かるけどさ!


「……あ、あの」


 勇気を振り絞って話しかけてみた。


「なに?」


 低い声で返事された。怖。声まで怖い。


「えっと、それ、何をしてるの?」


 彼女は一瞬こっちを見てから、また伏せ目がちになり、呪文を再開した。


「おはらい」

「お祓い?」


 この試験会場で? 何を祓ってるんだろう。


貴方あなたみたいなものを祓ってる」

「僕!? 僕ですか!?」


 いやいやいやいや! それはおかしい! 僕、ただの人間なんだけど!?


「正確には、この場所に満ちた邪気よ。気の抜けた存在が多いとね、自然と溜まるものなの」


 ああ、もうなんか言われっぱなしで反論する気力も湧かないよ……。


 彼女はそのまままた呪文をブツブツ続けてるけど、僕としてはこれ以上触れない方が良さそうだ。

 こういうの、絶対トラブルのもとになるから。


 と、そのとき。


「全員、準備を整えろ」


 広間の奥のふすまが音を立てて開いて、場の空気が一瞬で変わった。

 試験監督が入ってきちゃったよ……!


 彼女も呪文をピタリとやめて、金色の瞳でじっと前を見ている。なんか、急に鋭い顔つきになった気がするんだけど……。


「なお、これから、一切の妖力の使用を禁ずる。使用した場合は失格として、試験会場からの退場をうながす」


 えっと、僕は妖力を自分の力だけでは操作できないんですが……どうしたらいいですかね?

 ざわついた会場。そこに、冗談じゃない言葉が。


せいしゅくに。しゅくせいするぞ(消すぞ)」


 会場がしーんと静まり返る。まるで何かが始まる前の、息をむような空気。受験生たちはそれぞれの席に座り、緊張の面持ちでいる。


 試験官がゆっくりと口を開いた。


「これから試験を始める。問題用紙は今から配布する。開けるのは、合図があるまで待つように」


 その言葉が合図となり、問題用紙が一斉に配られた。

 普通の筆記試験とは少し違って、何か荘厳そうごんな感じが漂う。けれど、言葉遣い自体は現代的だ。荘厳なのは部屋のせいだよね。


「合図が出るまで、誰も問題用紙を開いてはならない。よろしいか?」


 一同がうなずくと、試験官は続けた。


「開始の合図が出たら、制限時間内に問題に解答しなさい。解答は、あなたたちの能力を測る重要なものだ。落ち着いて、焦らずに答えなさい。なお、制限時間は一時間」


 そんなやり取りを終えると、試験官はすぐに席を立った。試験の準備が整い、少し不安な気持ちで待つ時間が続く。


 僕は手元の問題用紙をじっと見つめる。

 あれ、開けていいんだよね? でも、合図があるまで待たなきゃいけないんだし……。


 そんなことを考えながら、周りの受験生たちを見渡す。どの顔にも緊張が浮かんでいる。

 それでも、やっぱり「試験」って感じがするのは、妙に安心するところだ。


 早速、問題用紙を開き……僕は目をいた。そして、天を仰ぎそうになる。


 1. 次の計算式を解け。

 3×(妖力単位)+5×(霊力消費量)=?


 ……なんで僕の苦手な問題が、一発目に……!?

 もちろん、後ろの方に、僕の得意な問題はありますよね!?


 揺らぐ空気と、試験監督の謎の怖〜い視線を一身に受けながら、僕は筆をにぎって、途中式を書き始めたのだけど。


 ……毛筆で計算って……計算用紙が真っ黒になるよ?

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