3-4 実技の事件【side 早弥】

 横のれいくんの体温をわずかに感じながら考える。


 さっきの待ち合い場所は、日がちょうど差してくるから、明るかった。

 対し、山の中は薄暗くて、何より。


 寒い。寒すぎ!? 真冬かよ!


 おまけに、足許あしもとも、決していいとは言えない。ぬかるんでいたり、砂利だったり。

 ある程度の整備しかしていない山だった。


 しかも、広い。

 入山したときは、受験生で先が見えなかったのに……ずいぶん奥深くに進んだころには、視界に数名映るくらいだ。


 沢の音が、耳に心地良い。

 がいを流れる清流の音だった。

 朝風が青葉の間を吹き抜けて、さわやかな音を立てる。


 そんな、自然にあふれた山中で。

 ひときわ、禍々まがまがしい空気を放つ物体が。


「……!」

「あれ……かな」


 山の中では見ない、まるで海藻のような、黒い、毛玉のようだけど、光沢を放つ物体だ。

 木の枝を、カサカサと音を立てて移動している。


「……あれが、式神……」


 とっさに弓を構えて、今まで語らなかった会話録を、脳内再生する。


『俊敏に動き回って、風のように矢を放つ。──それに向いた身体だね』

『そうかな? 足は速い方だよ』

『八つ、動きを覚えて、自分だけの技を作ろうか』


 風向きは、太陽の方角からして、南南西。追い風だ。

 その方向に、やじりを向けた。


 カサカサッ!

 枝から飛び降りた式神の行く先に、射る。



疾貫しっかんじん──的中のきょう!」



 矢は、式神目がけて一直線に放たれ、ど真ん中に的中した。

 刺さった箇所から鮮血──ではなく、黒っぽい体液が飛び出してきた。って気持ち悪! とっさにかわす。


 射抜かれた式神は、崖下の清流へと真っさかさま。

 大きな水しぶきをあげて、そのまま白い泡の中へ消えて、見えなくなった。


 ……なかなか、グロかった。何せ、水の音に混じって、柔らかいものがつぶれる音がしたから。生々しいにもほどがある。


「……お前も、技、身につけてたのか」

「身につけてたけど、お前って?」


 そう歩きながら話し合っている間にも、ぬぅ、っと式神の影が。

 大空を、大きな影が横切った。


「え?」「は?」


 降り立ったのは、カラスの図体をしている、天狗のような衣裳を着た式神だった。

 と思えば。


 風のような速さで突進したのか、知らないけど。

 目玉の近くに、爪が振り下ろされ──。


「早弥、よけろ……!」


 せつ、霊弥くんの声が、聞こえた、と思ったら。



ゆうけんちゅう──きょやいば



 刃物で、何かを斬る音が、して。

 目の前の式神は、胴体を真っ二つに斬られた状態で、くうを見つめていた。


「……霊弥くん……?」

「俺は、覚えてた技を振るっただけだ」


 お前って、そういうこと?

 それより……あの……式神のしかばねが、ものすごくグロテスクなことになっていますが……。


「こいつ……いや、土に還るか、主によって消されるかの二択だろう。ほうむる必要はない」


 ……え、何その、慈悲じひしんのかけらもない言葉は……。

 霊弥くんってそういう人間だったっけ……。


 キョトンと彼の横顔を見つめていたとき、林の奥の方から、誰かの叫び声が聞こえてきた。

 バサバサっと、木の枝にとまっていた小鳥が飛んでいく。


「何があったの!?」

「……行くか」



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 う、うわぁ……。

 グロテスク、ついでにホラー……とにかくえげつないことは、間違いない。


 よろいのような身体から、数えきれないほどのとげを生やした、巨体……? いや、三メートルほどの大きさの、異形の式神だった。


 らんしゅうだよ、ただよっているの……気色悪いこと、この上ない。

 おうより、き、強烈……。


「助けろ! こ……こいつ、棘のむちを振り回すんです……。当たった途端、木が根もとから、ぶっ飛ばされたんです……!」


 ……そりゃ、腰を抜かすのも仕方ない。

 身体の棘の鋭さからして、鞭にある棘に刺さったら……。


 人間の肉体なら、余裕で貫通、するかな。

 かわさないという手はない。


「霊弥くんは、連射っ……」


 言いかけた瞬間、式神の身体から、何本もの鞭が飛び出してきて、霊弥くんに直撃した。

 待って、えっ……!?


「霊弥くん!?」

「っ……」


 霊弥くんが、奥にっ……、見えなくなった……。

 でも、根許の鞭を見るに、棘は大きくなさそうだ。だったとしても、だったとしても……!!!


「ひえぇ……! やっぱりああなると思ってた……!!」


 後ろの人が、悲鳴を上げる。

 霊弥くん……。

 どうしよう、僕一人で、こいつを……?


 逃げる……のかな。

 でも、見殺しにはできない。


「すみません! 一緒に逃げましょう!」


 その人の手首を引っつかみ、式神に背を向けることなく駆け出した。

 ……あれ? 風が、よく頬に当たる。


「は、速っ……」


 一応、顔を真後ろに向けた。

 と、式神も追っているとはいえ、はるか遠くに見えるではないか。


 ……足……速くなってる……?


 いやいや、そんなわけはない。たかが人間、急に足が速くなるなんて、有り得ない話だ。

 体感だけ、体感だ。風が少し強いだけ。


「グルルルルルルルルル……」


 うなり声だけが聞こえるところまで逃げたころ。

 僕は、手を離した。


「ここからは、あなただけ逃げて」

「なんで!? し……死んじゃいますよ……!?」

「……二人死ぬ方が、よっぽど」


 もう、彼の顔など見なかった。

 二人で逃げたところで、共に追いやられたら、共に死ぬ運命だから。

 ……それに、万が一があっても、僕には代わり双子の兄がいる。


 数秒後に後ろを向いたときには、もう彼は、いなくなっていた。


 木々の奥の方から、グルル……と、けだもののようなうなり声が聞こえてくる。

 熊を相手にしたみたい。……したことないけど。


「疾貫矢・ちゅう──心構えの絶望!」


 おそらく弱点の一つであろう胸を目がけて射る。

 ……が。

 何かに弾かれたように、落ちてしまった。正確には、狙い通り当たったのだけれども、防がれた。


「……え?」


 ザッ!

 腕が熱を帯びて、目線を映すと──割れ目のような、深い傷ができていた。血が、止めどなく流れている。


 鞭……!? 鞭で斬られた……!?

 今の一瞬で!?


 いや!

 これくらい……痛すぎて、痛くなくなると思うから!



「疾貫矢・れい──ぜいの破壊!」



 次は、腹。腹も、人間からすれば急所であることは違いない。

 ぶっちゃけ人間は、内臓が入っているところ全部が急所なのだけれども……。


 射られた矢が、腹に突き刺さると、


「グワァァァアア!」


 式神は、うめき声を上げて、体勢を崩した。

 ……さっきと反応が全然違う……急所に当たった?


 ……あ。

 僕は、あることに気づいた。


 よろいのような皮膚ひふを持っているんじゃない。

 人間と同様に弾力のある肌の上に、鎧をかぶっているような形だ。その鎧も、かぶっていないところがある。


 そこが急所だ。


 胸は、どの生き物も急所だから、かぶせていたんだろう。

 けれども腹は、身体で防げると思って、かぶせなかった……。


「疾貫矢・こう──せいじゃくの一射」


 空気が揺らぐ。急所へと、矢がまっすぐ飛んでいく。

 風の音も、呼吸音も、静寂のかなたへ消えていく。


 矢が、急所に突き刺さった。


「繧繝ォ縺ョ繅ア!!」


 声にもならない声っ……っ、耳が……!

 こ、まくが破れる……!


 と、次の瞬間、無数の鋭いとげむちが、僕を目がけて……。

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