3-3 現実は生々しいね【side 早弥】

 ……ん? 目の前に……牛?

 いや、身体が牛じゃない……何これ? 妖怪ようかいみたい。牛みたいな妖怪なんて、いた記憶が……。


 ──《牛鬼うしおに》。

 不意にその名が浮かんで、背筋が凍りつく。


 牛鬼とは距離があったけれども、それは、地を蹴ってこっちに走ってきた。

 だ、ダメ、ダメだ……! 離れなきゃ……!


 後ろを振り向くと、わずか数メートル先に《牛鬼》が見えた。

 やばい、やばい、やばい……!



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 まぶたを開けると、そこは、モダンな客車の中だった。

 ああ、誰かさんの《幻操能げんそうのうりょく》のせいで、また悪夢を見たよ……。


 前の座席で、寳來ほうらいくんが、腕を組んで目を伏せていた……が、すぐに目を開ける。


「おはよ。早起きだね、二人とも」


 ……二人とも?

 まさかと思って横を見ると、涼しい顔で爪をいじるれいくんが。

 あのさ……不眠症じゃないよね? 弟は心配だよ?


「……おはよう。今何時?」

「三時四十八分。もう少しだね」


 窓の外では、何色とも言いがたい、光色の太陽が顔を出し始めていた。

 方角的にちょうど差し込んでくる。目玉に直撃だ。


「すごい、いい景色」


 朝日、山々、田んぼ、黄金の稲穂。日本の原風景を見ている気分だ。

 ぼくの家の近くより、いい感じの景色だ。


「こういうとこを見ると、世界は都市だけじゃないって知れるよね。むしろ、嘘っていう飾りを重ねた都より、こっちの方がよほど立派だよ」


 そっか。政治は、便利にするためだから、なくてもいい……って言い方は、嫌だけれども。


 昔の人は、政治なんかなくても、生きていけたのだから。

 むしろ、こういう堅実な一次産業の方が、命に関わるから、大切で、それで……。


「駅見えるか?」


 ……霊弥くんさ、話の流れって知ってる?

 今の流れはね、こういう農業に関して言うべきでしょ。駅の話は、今は、後回しだよ、普通は……!!


「見えない。あと十分はあるよ? 見えるわけあらへんやん」


 寳來くんの一蹴に、霊弥くんはため息をついた。

 全く、これだから、友達がほぼいない歴と年齢が等しいんだ。


 というか……寳來くん、またなまった?

 宮中では、こっちが標準語なのかな……とか思う僕も、時々、訛るんだけれども。


「もうすぐ実技だね。死なないよう、頑張って」


 寳來くんの言葉で、すっと、現実に引き戻される。


 ああ、そっか。僕たち、実技試験……その会場の珠寿化すずかやまに向かっているんだった。

 死にに行くようなものだ。


「俺は万が一の際の救援には向かえるけど、原則は禁止だからね。それに、この世の生き物なんてみんな利己的なんだ。助けてもらえるなんて甘ったるいこと、考えない方がいいよ」


 淡々とした言葉の連続に、笑顔も自然と消えていく。

 そんなセリフを、真顔になることなく言い放つ寳來くんも……本当に、怖い。


 この世界は弱肉強食、それでいてなんぼ。

 この世の闇をかい間見まみた気分だった。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 この試験、本当は雑なんじゃと思う。


 もらった朝ご飯は、なんとまかない。

 しかも、試験官の朝ごはんの調理で使わなかったものをてきとうに入れただけのお弁当だ。


 それはもう、みんなみんな、愚痴ぐちっていた。文句を言う人も少なくなかった。

 当たり前だよね、とは思う。


 でも、決して不味いものではないし、食べられないよりはマシなので、僕は喜んで食べた。


 隣の家事男子霊弥くんは「火が通っていない」とか「米粒が立ってない」とか、散々文句言ってたけどね。それをずっと聞いて食べてた僕、偉すぎる。


 さて、次は、新品の武器。

 武器は借り物らしく、壊れても怒られない。まあ、消耗品だからね。……高級な!


 山のふもとの待機所で、他の受験生と一緒に開始を待っているところ。

 日は、山の少し上の空で、燦々さんさんと光を放っていた。


 色々な武器を使う人がいるんだな。

 僕のような弓矢を使う人や、霊弥くんのように日本刀を使う人、同じ日本刀でも二刀流の人、忍が使うような変わった武器を使う人、槍、鎌、銃、御札、なんか怪しい袋。


 確かに、武器の指定なんか何もなかったからな、と思いながら、辺りを見渡す。

 筆記試験のときより、人減ってる……?


 もしかして、実技試験を受けない人が、結構いるのかな?

 例えば、辞退とか、失格とか……。


 あるいは──ここに行けないように──しかばねと化した、とか。

 さすがに物騒ぶっそうかな。いや、有り得る世界なんだよな。


「なあ、もりえいってお前、知ってる? あのぎんあたまの隣にいた影狐の女」

「確か実家に連れ戻されて、殺されて呪具にされたらしい」


 ……え、もしかして、あの女の子のこと?

 黒い、狐、銀頭の隣……やっぱり、そうなんじゃ……。


 ──『殺されて呪具にされたらしい』


 無慈悲にもほどがある言葉だ。

 命ある「者」を、命なき「物」に、変えてしまうなんて。


 でも……この世界で、それを「間違い」だって言う人は、少ないのかな。

 命を奪うことが、当たり前のように行われているのかな。


 ……悲しい。

 なんで? どうして? そんなにたやすく命を奪えるの?


「あ、あの!」


 僕は思いきって、話していた二人に声をかけた。


「……彼女は……何が……?」


 唐突な問いに、二人は顔を見合わせる。小声で話し合っていたので内容は聞き取れなかったけど、話してくれた。


「狐森家は、くり栖野すのきつねづか一族の分家の分家の生まれなんだよ。そうは宮廷でおんみょうをしている」


 栗栖野狐塚? どこかで聞いたことがある……ような……。


「分家に行くほど狂っててな、狐森はその代表格だ。その代の当主の娘の中から一人を選んで、生贄いけにえにする。そしたら殺して、呪いの道具、呪具として、うらみのある者たちを呪い殺すんだ」

「ま、風のうわさだけどな」


 ……ひどい。非人道的にもほどがある。

 生贄ってだけでひどいのに、殺して? 呪具にして? うらみのある人たちを呪い殺すために使われるの?


「狐森影霞はだから、生贄だったんだよ。逃げるために試験を受けたけどそれがバレて、グサッといかれちゃったわけだ」


 ……お祓いをしていたのは、周りの空気だけじゃなくて。


『この場所に満ちた邪気よ』


 邪気のせいで、居場所が知られないように、っていうのもあったのかな……。

 でも、叶わずに、殺された。


 やるせない。


「集まった者ども、今からわたしの話を聞け」


 あ、試験官の声かな。

 みんなが一斉に、そちらを向いた。


「これより、入山を許可する。制限時間は十二刻二十四時間。山中にある護符ごふを拾って山頂に行ければ合格だが、十体以上の式神を倒すことが条件だ」


 丸一日、試験時間。

 護符を拾って山頂へ。式神は十体倒せばノルマ達成。


「向こうの日が松を越えたら始める」


 試験官が指さす先には、一本の立派な松の木があった。太陽はまだ、松の木からは昇っていない。

 焼け付くような光に耐えながら、一、二……。


「試験開始!」


 銅鑼どらの音が響き渡った!

 と同時に、数えきれないほどの受験生が、山へ入っていく。


 人混みに呑まれそうになったけど、霊弥くんが右手を引いてくれた。


 ──絶対、受かってみせる。

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