2-5 しゃぶしゃぶ会・前編【side 霊弥】

「真菰くん真菰くん、つゆって何がオススメ?」

「まずは全部入れて、全部持っていく。そっちに薬味があるみたいなので、ぜひ入れましょうー」

「うぇーい」


 何気に仲良さそうに話している早弥と真菰を後目に、俺は五龍神田兄妹と野菜を選んでいた。

 こっちも種類が多いのである。


「春雨は必須、白菜とキクラゲ……」

「チョイスいいじゃん」


 あまり褒められた気がしないが、家族で行くときはいつも取っていた。

 それも小学校低学年か、中学年くらいの記憶だろうが。


「もやしとほうれん草も美味しそうー」


 眞姫瓏も、次々と野菜を皿に盛る。鍋の鉄板具材もずいぶんそろっている。相も変わらず言いたくなる、美味そう、と。


「二人は鍋は食べるのか?」

「あーうん。きゅうていりょうっていう名目で、飛び切りでっけぇ鍋が」

「で、次の朝は雑炊なんだよね、お兄ちゃん」


 一人分が寸胴鍋ずんどうなべなのだろうか。飯店はんてんで見た二人の食べっぷりは半端なかったし、それくらい余裕で食べられそうだが。

 口にはしなかったが、思っている。今回も、すぐに元を取れそうだ。


「美味そうだな」

「なんか、馬鹿みたいに高級品使うよね。超でっかい牡蟹おすがにとか、色々無駄に」


 色々無駄に、は余計だろ……。

 大国の皇子に提供する料理なのだから、無駄も何もない。豪華で何ぼだ、というのが宮中の当たり前。……なのだろう。


 それにしても、寳来、割と店に慣れている感じがする。

 意外に庶民的な店も行くのだろうか。


「霊弥、これ席に置いてきて。……飲み物、何がいい?」

「ん……」


 渡された野菜皿を持ちながら、ふと、ドリンクバーを見る。

 色々ある中、俺が選んだのは──。


「……白ぶどう」


 炭酸の入っていない、普通の白ぶどうジュースである。

 本来高校生がこういうところで飲むものではない……とよく言われるが、甘党で炭酸の飲めない俺の好きな飲み物といえば、こういうのである。


「意外にかわいいの飲むんだね」

「うるさい」

「はいはい分かった。注いでくるね」


 寳來がドリンクバーに向かったのを見送って、席に戻った。


「席隣かお前ら」


 早弥と真菰は、隣同士の席に座っている。


「真菰くんのお願いだから僕に言わないでくれる?」


 あ、そう。

 軽く頷くと、早弥は「つれない霊弥く〜ん」と、間延びした声を言った。


 寳來と眞姫瓏も席に戻ってきて……例の猫ロボが運んできた肉をぶっ込む。


「美味そ」

「早く食おうぜー」


 生肉を食うつもりか。そう言っている暇があったら、とっとと肉を入れろ。

 口にはしなかったが、そう思う。


「え、しゃぶしゃぶって肉だけなの?」

「好きなもの入れりゃあいい」


 すっとぼける寳來にすかさずツッコむ。

 何のために、野菜やらを取りに行ったんだ……。


「じゃ、一発目……」


 ……え、一発目にラーメンをわしづかみ? そもそもラーメン取りに行ってたのか? しかも端に白い太麺うどんが見えるんだが。


 その小麦色の中太麺は、柚子の色をした真新しい出汁の中に、飛び込んだ──。


「しゃぶしゃぶで最初にラーメン……初めてかも」


 早弥はあきれ笑いを浮かべている。

 隣のこもは……鼻でにおいを嗅ぎながら、目を輝かせている。獲物を見つけたもうじゅうか……。


「いいじゃん。肉食べたきゃ肉入れな?」


 出た、寳來の上から目線な発言が。

 何でこんな上から目線なんだ、いくら位が高いといえ……。


「んじゃ、よーしゃなく」


 ドボーン!


 もはや塊だった牛肉が、真菰によって、赤チゲ鍋にぶっ込まれた。

 はねた出汁が手の甲にかかる。


「あ、そうだ、時間制限……! 早く入れよっ!」


 眞姫瓏も、やけにわざとらしく声を上げて、牛肉を入れ出す。早弥も、どんどん肉を入れる。

 俺は……その様子を、ながめていた。


「霊弥くん、せめて灰汁取あくとりはして?」

「……ああ」


 入れられた肉を見ながら、出汁の中にあみじゃくを入れる。

 ……そろそろラーメン、茹で上がるか?


「そういえば僕たち、寳來くんたちのこと、そこまで知らんよね」


 突然の早弥の言葉に、一瞬手を止める。

 そういや、そうだな……。

 出会って数日だが、実際はそこまで彼らを知らない。朝廷のあやかしであり、妖魔退治という公務をすることは知ったことだが……。


「高級料理と家庭料理だったら、どっちの方が好きなの?」

「俺は後者かな。高級料理なんて、毎日食べて飽きたし」

「異論はないです」


 高級料理を食べ飽きるって……なかなかのやつだ。

 まあ、どんな料理でも、毎日のように食べていたら飽きるもんだな……献立こんだて、毎日大して変わらないのだろうか?


「一番好きな料理とかって、ある?」

「あーね。やっぱり酒肴しゅこうに勝つものはない」


 酒とツマミ……? 趣味が渋くないか?

 見かけによらず、中身はジジィくさかったり……だったとしたら笑うのだが。


「寳來さん、皇族で一番の酒豪しゅごうでしたから……」

「何杯飲んでも、酔わないしアル中にならないし……」


 この男が?

 男前さ皆無で、何となくイメージがつきにくい、言葉に表しにくいやつが? 酒豪だと?

 全然結び付かないな……。


「私はそういう酒宴しゅえんには出なかったから、飲んだことさえないかも……」


 語尾を下げて言う眞姫瓏に、首を傾げる。

 果て、私とは、どういうことだろう。

 彼女もまた皇族なのだから、兄と共に酒宴に出席しても、おかしくないだろう。


 何か、事情でもあったのか。

 飲んだことがないらしいので、苦手とか、体質が合わないというのも、分からないだろう。


「真菰くんは?」

「おれですか? おれは……お揚げが入っているやつ」


 要は、きつね。

 きつねうどんとか、きつね丼とか……だな?


「お前って何だっけ? 種族」

「妖狐一族です。栗栖野狐塚っていう」


 そりゃ、きつね好きだな。苦笑する。


「耳とか足とか痛くならないの?」

「寳來さん違います、それは妖狐じゃなくてどんぎつね」


 なんか、狐じゃなかったような、そうじゃないような……?


「えじゃあ、きつねうどん作るの?」

「あるなら作りますはいもちろん」


 ……即答だな。まあ、好物となると、なおのことか。


「ははっ、目がない」

「うるっさいです」


 一瞬だけ、真菰が口元を隠したように見えたな……誰も気付いていないようだが。

 まあ、見た感じ十歳前後か。こういう態度の方が自然だな。

 好物に目がない感じも、幼い。


「にしても、肉美味しい」


 少年のような笑顔を浮かべて、寳來が呟く。

 すでに結構食っているな……気づけば、鍋の麺も、肉も、ほとんど消えている。

 俺が気づかぬうちに、食われていたんだな。


「ねえ、お腹空いてないの? 霊弥くんも食べな?」


 生肉用の箸で鍋の中をかき混ぜながら、早弥が誘う。

 ……親睦会も兼ねているからな。

 それに、どうせなら……無邪気に食べてみるか。


「どーぞ」


 差し出された肉を一口入れて、思わず頬がゆるんだ。

 視線を感じ、すぐに表情を戻したが……。


「美味しい?」

「……うん、まあ」

「よかったね」


 寳來の綺麗な笑顔と瞳が、逃さなかった。

 隣からは、いちごいろれんな眼差しが。


「……こういう食事は、久々かなぁ……」


 こういう食事……? 久々……?

 眞姫瓏がつぶやいた言葉を拾う。


「どうかしたのか?」

「い、いえ!」


 眞姫瓏はすぐに首を振って、笑った。

 だが、その笑顔は、どこかわざとらしく見えた……何か、言えない事情が?

 気になって仕方がない。


 そういえば、ここまで他人に関心を持ったのは久しぶりだな……。

 どうして、こんなに気になるのだろう。


「いいの? 言わなくて」

「う、うん。今言っても、きっと……」


 寳來に言いかけて、口をつぐんだ眞姫瓏。

 その様子に、兄も、一瞬うつむく。


「しゃぶしゃぶ来て、そのドヨ〜ンはないでしょ!」

「ていうか眞姫瓏さんもくつすぎるんですよ。兄を見習って下さい」


 確かに、眞姫瓏は少々卑屈な感じがするな……。

 上から目線の兄とは、性格が似ても似つかぬ感じがする。いや、似通っている部分もあるが……。


「う、うん! ごめんなさい、霊弥さんも……さ、さっきのは、気にしなくて、い、いいですからね!」


 そう言われると、よけい気になって仕方ないだろう。

 さっきから、明るく振る舞おうとしているのは分かるが、暗い感情が見え隠れしている。


「あ、ほら、うどん茹で上がってるから! 食べよ食べよ!」


 料理に夢中になる四人のように肉を口にしつつ……。


「……え? あ、うん! そ、そうだね!」


 何かと負の感情を隠そうと笑う眞姫瓏を、俺もまた然りの顔で見ていた。

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