四:終わりと始まりは輪廻に等しく
4-1 大ケガ【side 早弥】
大ケガを負って帰ってきた
……真菰くんは、栗栖野狐塚家の当主の次男だそう。
僕たちが
「ありがとうね、真菰くん」
「べ、別に? どこぞの
ぷいっと顔をそむけて、真菰くんはそそくさと部屋を出ていく。
「……あ、でも傷が開いたら、おれのせいにしないでほしいですね」
ちらっと振り返って、ニヤッと笑いながら付け足す。
真菰くんの持つ〈治癒能力〉は、薬の開発にも一役買っているそうで、真菰くん自身も
見た目は十歳前後なのに、そんなに勉強をして……
勉強は、しすぎると拷問だって、よく聞くし。
「そこに積んでいる葉っぱは熱湯で
てきぱきと家の人たちに指示を出す真菰くんの背中を見つめて、口角を上げる。
横顔は、年齢にそぐわないなぁ。
「真菰様、こちらの薬はどこに?」
「いつもの薬棚に置いておいて」
「承知しました」
僕は部屋を見渡す。
西洋風で、東洋風の部屋だ。どこかの小説とかの
「あ、早弥さん。あまり動かないで下さいね。けがは治っているとはいえ、下手に動き回ると傷が開きますから」
「あ、そうなんだ。開いちゃうんだ」
「大きな傷は〈治癒能力〉を
それじゃ、
いや、
「気をつけて下さい。
「……うん、それは本当、うん」
「俺は寳來さんと、ち、違うので」
真菰くんはそう言いながら、部屋のドアを閉めた。
中に取り残された僕が、ぼんやりとドアの方を見ていると、どこからともなく「ボクと同じぐらいかな」という声が聞こえた。
「
「喋り方、ちょっと似てると思わない? その、真菰って狐と、ボク」
確かに……。
何だろう、二人とも、口調の年齢が近い気がする。体感だけれども、ざっと十歳前後だと思う。
「ていうか、けが大丈夫なの? 早弥は」
「………」
身体中に巻かれた包帯を見渡す。
幸い、頭の近くには目立った外傷はなかったみたいで、包帯は巻かれていない。でも、足も、腕も、
「早弥さん、今朝のおにぎり以来、何も食べてないですよね?」
お盆を持って入ってきた真菰くんの質問に、こくりと
……食事……かな?
「いいですか? 早弥さん。これ食べて下さい」
「これ?」
「黙ってこれを胃に入れて下さいっ!」
バンッ! と真菰くんが置いたお盆には、見るからに健康だけを意識したような、ちょっと手の出しづらいお
「え、いや……」
「いや、ってなんですか。おれがせっかく用意したんですから、残さず食べて下さい。治療のためです」
それはわかるけれども、だとしてもこれを食べるのは……。
「ごめん、食欲が……」
「胃に負担がかからなくて、なおかつ回復にいいものを厳選しました。おれの言うこと、聞いて下さいっ!」
あ、圧がすさまじい……。
まあいいか……お腹、空いているし……。
「いって!」
と、箸を持とうと腕を動かした途端、
え……腕、攣ってたっけ……。
「腕終わった。真菰くん、やってくれる?」
「えっ?」
それだけなのに真菰くんはフリーズして、僕の方を見る。
みるみるうちに耳まで真っ赤にして、真菰くんは硬直する。
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
なぜか
「え? だって、僕、腕動かないし」
「だからって、なんでっ、おれが……や、やらないといけないんですかっ!?」
そう言うなり、真菰くんはバッと立ち上がった。そして、
「だ、誰か!! 代わりにやってください!!」
そう叫びながら、勢いよく部屋を飛び出していく。
バタン!!
静まり返る部屋。僕は
……え、なんで?
とりあえず、お膳を前にしたまま取り残された僕は、ぽつりと呟いた。
「……ご飯、食べたいんだけどな」
腕が動かないから、ただ手伝ってほしくて言っただけなのに、真菰くんが出ていってしまってはどうしようもない。
真菰くんじゃできない理由……?
しばらくすると、扉がガチャリと開いて、藍色のお着物を着た男の人が入ってきた。何度か僕に向かって
僕も、返事するように会釈する。
「早弥様、でございますか」
「え、あ、はい。
「とんでもございません。ケガをされておられるのに、何もお力になれず、申し訳ございません。ケガ人の手当をさせていただくのが、我々の務めでございますから」
何度も何度もお
「わたしは
「な、なるほど……」
この国の力関係を把握できていないから、何とも言えないけど……狐谷さんは、自分たちのことをそうだと思っているそうだ。
そういえば、ここのお屋敷の使用人さん? は、すごく人がいい感じがする。親しみやすい笑顔が特徴的だ。
「真菰様がご命令を下さったので、代わりにわたしが介護させて頂きますね」
「あ、ありがとうございます……」
狐谷さんは、お膳のお粥をかき混ぜながら、一昔前の話をしてくれた。
「真菰様は昔から、恥ずかしいことがあると、すぐに逃げてわたしどもに頼られるのです。それこそ、宮廷の式典で表舞台に立たねばならなかった時でさえ、そうでした」
「……そうなんですね」
「ええ、まだ真菰様がもっと幼かった頃ですね、欠席されたお兄様に代わって、はじめの言葉を述べられたのですが、緊張しすぎて台本を投げ出して、泣きながらわたしたちにすがってこられました」
頭の中でその景色を想像する。
今より遥かに小ちゃな真菰くんが、宮廷の舞台で読んでいた台本を投げ出して、狐谷さんにすがる様子を。
かわいすぎ。何だか、僕もそんな時代があった気がするけど、家のせいですっかり人目にも慣れてしまった気がする。
「それと一時期、真菰様の母君が風邪を引かれてしまってね。真菰様は、持ち前の〈治癒能力〉で懸命に看病をされておりました」
「けなげですねっ」
「ええ、おかげですっかり治られたそうで」
壁の向こうから「おれのいないところで話すのやめて……」という声が聞こえた。
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