4-2 ばかな双子【side 寳來】

「あのさぁ、今、全然起き上がれてないけど、それよりひどい状態で君戦ってたって自覚ある?」


 生活感のない白い洋室に、おれの声だけが聞こえた。

 目の前の寝台ベッドでは、がんたいをつけて病衣を着ているれいが、枕を抱いて布団にくるまっている。


「……ない」

「何してんの? 無理は禁物だって、確かに言い忘れたけどさ」


 その意識働かないの? といちべつする。霊弥はため息をついて、また枕に顔を隠す。


「眠いんだ。この頃は悪夢続きで寝れてない」

「ふぅん、おやすみ」


 ばたんきゅーっと眠りについた霊弥は、何度かくちもとをゆがめた後、ものの一分も経たないうちに目を覚ましてしまった。


「……不眠だよね」

「ああ。日中は眠くて仕方ない」

「成長期でこれはつらいねぇ」

「んなこと思ってねぇだろ、声色でわかるんだよ」


 そう言いながら、霊弥は、もう寝ますと言わんばかりに布団にもぐった。


「お兄ちゃん、こもくんは……?」

「真菰は」


 とそのとき、外から「いい加減にしろよたにさん……!」という真菰のぜっきょうが聞こえてきた。


「ああ、あれは……」

「……いじられた……かな……?」


 狐谷さんは確か、ここの屋敷に務めている、通いの使用人だったはず。

 また、黒歴史を誰かに話されたんだろう。


 まあ、真菰が黒歴史と思っているだけで、実際には幼き日のなつかしい思い出、成長を物語る昔話なんだけれども。


「あれで長寿の妖狐……か」

「うーん……実年齢と精神年齢は比例しない、しね……」


 確かにね、と笑いながら、俺は霊弥を一瞥する。


 あの具合で、よく学校に行けていたな、と思う。

 あそこまででなくとも、高い頻度でうなされて目覚めていたのだろう。


「君さ、学校生活、大丈夫なわけ?」

「……知らない」


 授業中とか、普通に眠っていそうだけど……。


 隊とかそういうのは先に、霊弥には健康を教えた方がいいに決まっている。

 目の下のくまが、そろそろ恐ろしい。


「学校とかではどうしてんの?」

「……よく、覚えてない」


 これは、保健室から指導が入りそう……だな。

 個人的に心配だ。


 普通に成長期真っただ中の男児がこの調子じゃ、状態は最悪だろう。無理に試験に行かせるんじゃなかった。


「もう無理しないでよ。俺は──」


 言いかけたとき、部屋の扉が開いて、使用人やらの誰かが入ってきた。


「失礼します。殿でん、試験官の方々からお呼びでございます。恐らくは試験に関することかと存じます。隊長の意見をうかがいたいとのことです」

「はぁ、なるほど。どこに行けって?」

「隣町の訓練所です。今すぐ乗物豪華な駕籠をお出しします」


 そう言って慌てて出ていった使用人の背中を見送ってから、霊弥と目線の高さをそろえている眞姫瓏に声をかける。


「行ってくる。看病は、ここの誰かに任せとけばいいはず」

「わかった。気をつけてね」

「うん。霊弥も、無茶するようなら監禁を指示するから」

「……ぶっそうなこと言うな」


 壁にかけさせてもらっていた羽織を羽織って、袖の中に入っていた髪紐で髪を結う。流石に普段のままではだめだから、低い位置で一つ結びにする。


「すぐ帰ってくるね」


 そう言って表に出ると、すでに乗物が用意されていた。待っていた使用人たちが、俺の羽織のすそを見てつばを飲んでいる。


 裾には、円の中に桜の枝を描いた家紋が染め抜かれている。

 おうこくの皇帝の一族である証だ。


「準備がいいね」

「お褒め頂きありがとうございます」


 普通見るようなものより一回り大きい乗物に入る。

 一回り大きい、とはいっても、どの乗物の中も、きゅうくつなことには変わりないけれども。


 何度味わったかわからない、身体が持ち上がる感覚。途中の街道で、乗物を見てひれ伏す町人たち。


 揺られて行くこと時半約一時間と少し。二階建てで細長い瓦屋根の屋敷が、椿の植え込みの向こうに見える。

 奥の訓練場からは、勇ましいかけ声が聞こえてきた。


 門番にすんなり通された後、乗物から降りて石畳を歩く。

 訓練場に顔を出すと、ごく一部の訓練兵が「隊長!」と声を張って、頭を下げる。


「お久しぶりでございます! 本日はどのようなご用件でしょうか!」

「試験のことだ。君らの後輩……だね」

「俺たちも、先輩になる身として、訓練に励んでおります!」


 ほんの少しだけ談笑した後、励ましの言葉をかけて、建物の中に入る。

 内の一室に入ると、軍服姿の試験官たちが、敬礼をした。


「隊長! お越し頂きありがとうございます!」

「どういたしまして。で、どんな用なんだい?」


 渡された書類に目を通す。


「『受験番号一〇八九番と一一二七番について』……」


 それは、霊弥と早弥の受験番号だ。もしかして、種族の欄に「人間」と書いたから、それが何か、ということ……?


「まさか人間が受験するとは考えておりませんでしたので、試験の難易度を上げてしまいました。筆記試験の成績と実技試験でのケガの様子から、一時的に残念な判断を下しましたが……」

「人間だから、って手加減するつもり?」


 向かいに座っていた者をめると、彼は首を横に、だいぶ激しく振った。


「いえ! 合格者の中に、数名、合格を辞退された方がいらっしゃったもので……」

「……なぁるほど」


 その空きに、誰を入れるか、という話になる。

 過去にそのような事例は珍しくないけど、まあ、かれこれあって、自分たちだけでの判断をためらった、ということか。


「どのようにすれば良いでしょうか? 隊長の意見を、ぜひお聞かせ下さい!」

「………」


 霊弥と早弥は、俺が自ら指導した。

 でも、人間というハンデを背負ったせいで、苦しい思いをした。でも、いて、戦って。でも、最初は報われなかった。


 人間だから、という理由では、俺がまるで彼らを特別扱いしているようだから、公平な判断とは言いがたい。


 ……でも、それを跳ねのけた精神力と忍耐力。

 そこの評価なら、公平と呼べるだろうか。


「……わかった。こうする」

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