2-10 お知らせは忽然と【side 霊弥】

 週明け、クラスに着くと、突然クラスメイトが話しかけてきた。一人や二人じゃない。ざっと十人だ。


「なあ、れい。お前、部活抜けたとき、バケモンに襲われてなかったか……!?」

早弥さやも、帰ってるときなんかヤられてただろ……!?」


 ……何だか、最初に《妖魔》に襲われた日が懐かしく感じる。それほど、色々なことがあったなと思う。

 で、話を戻すと。


「あ、えっと」

「詳しいことは言えないけど、すっごい危ないのに襲われてたんだってー」


 それよりもさ、と早弥が話題を変える。助かった、と思って早弥を見ると、彼は一瞬視線を合わせて口角を上げた。


「僕さ、こないだ退部届出したじゃん」

「そういやーそうだったな」


 自ら話の中心になるらしい。話すのが苦手な俺を逃がすための厚意だろうか。

 いつも、あれだけ毒を吐くような物言いで俺を冷やかすくせに、謎の優しさが見え隠れする。よく分からない弟だな、とつくづく思う。


 取り合えずクラスメイトにまれている早弥を横目に、残っていた宿題を開く。

 よう掃討特そうとうとく務部むぶたいのことも大切だが、学業が第一だ。寳來も、そのことは考えてくれている。嬉しい。


 今回の国語の範囲が最悪なので、全く身が入らないのだけれども。


「漢文とか最悪……レ点? 一・二点? 送り仮名は片仮名? 意味分かんねえ……」


 どちらかと言えば計算系の問題が得意なので、こういう問題は頭に入らない。知識は、本当に終わっている。


ひとに盾と矛とをひさぐ者有り……」


 もうすでに意味が分からない。しかも、一時限目から国語って……。

 早弥をチラリと見ると、宿題に苦戦する俺を見て文系科目をやっていると察した彼が、ニヤリと笑った。

 お前の国語脳を分けてくれ……。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 放課後。ちなみに今日は剣道部の練習日だ。

 俺が部活に行く準備をしていると、早弥が寄って来た。机にあごを載せて、俺を見上げる。


「何」

「ねえねえ、見るのは自由でしょ? 久々にけんきゅうの様子、見に行っていい?」

剣道部と弓道部あの部を剣弓って呼ぶのお前くらいだぞ」


 けれども、別に見学に来る分には自由なので、俺はうなずく。

 普通なら色々と通じないが、ここは相手が双子の弟なので、大丈夫である。


「最初に《妖魔》と会ったの部活?」

「まあ。水汲んでたら」

「《妖魔》が現れて、で、その《妖魔》を寳來くんがぶった斬った、ってことでしょ」

「何で知ってんだ」

「双子だからだよ?」

「理屈になってねぇ」


 という他愛のない会話を繰り返しながら体育館に向かう。

 はたから見たら、俺が冷めてて早弥が明るい感じに見えるが、口数の問題なので関係ないのである。


 体育館に顔を出すと、皆が駆け寄って来た。もちろん注目は俺、ではなく──。


「おー! 早弥ー!」

「久しぶりー」

「あーみんな! 久しぶりっ!」


 早弥だ。部活でしか会わない部員が彼に会うのは久々だ。数日しか経っていないのに。

 で、


「早弥くんっ、久しぶり〜!!」

「もうやば、目の保養なんですが!」

銀髪碧眼ぎんぱつへきがんってやば……」


 あいつ……異性が苦手なのに、めちゃめちゃ人気ある……。

 俺はまず人を避けるので、話しかけられること自体が珍しい。その代わり、常時、遠くからの女子生徒の目線を感じているが。


「ほら、ビターチョコあげる!」

「あ、真里谷まりや! 学校でのお菓子の交換はダメだぞ!」


 男女問わず人気のある早弥をしりに、頭に手拭いを巻いて面を被った。

 そこへ、


「双子の滑稽こっけいな差、やばいね」


 と、寳來が声をかけた。

 ……寳來?


「何でここに? お前」

「隣のクラスに転校してきた五龍神田ですが、何か」


 見せつけられた生徒証をしっかり読む。確かに隣のクラスだと書かれていた。何なら生徒番号や証明写真も、だ。改めて寳來を見ると、彼は雪里学園ゆきさとがくえんの制服を着ていた。


「いつの間に……」

「志願して編入試験を受けたのは先週の話。同じ学校にいた方が便利かなって」


 髪を結い直しながら寳來が言う。というか、学校では髪、結ぶのか。

 綺麗に一つ結びにした後、面を持つ。


「後でやらせて」


 遠くから、自分の名を呼ぶ声を聞いた彼は、そっち方向に走り去った。

 その背中を見送ってから、素振りを始める。


「編入か……」


 寳來がクラスに来たとき、教室の反応はどんな感じだったのだろう。

 皇帝こうていである親に容姿と才能を褒められて育ったやつ。それを気に入るか、彼の傲岸ごうがんそんな性格を嫌厭けんえんするかは人によりけり。


 そろそろ中間試験の準備もし始めなくてはならないが、入隊試験もあるんだよな。

 妖魔の生態や歴史以外は、確率や勝算などの計算問題だから大丈夫だが。


「てゆーか霊弥が俺の編入にあんま驚いてくれないんだけどー」

「霊弥くんだから仕方ないよー」


 うるっせ。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 帰宅後は試験勉強をするのがルーティンになろうとしている。


 あまり分厚くない歴史を読み進めながら、寳來を一瞥いちべつする。誰かと電話していた。

 ダメとは知りつつ、聞き耳を立てる。


きりは達者かい? ……そうかい、ごめんね。俺、父なのに、このザマで。次帰ったときに会いに行こうかい」


 ……ん? 誰と電話しているんだ?

 それに……父? どういうこと?

 寳來に子がいる……? いや、流石にそんなことはないか。実父ではなく、養父だろう。そうしたら辻褄つじつまが合う。


「……寳來。養子がいるのか?」


 そう訊ねると、寳來は笑った。

 すごく、寂しそうに笑った。


「そう思った方がいいかな」


 ……そう思った方がいい?

 言葉の意味が分からない。

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