2-9 玄人はやはり強い【side 霊弥】

 半妖はんよう対あやかしの、上位の戦いが始まった。


焔道えんどうごん── えん


 こもの正面で浮いていたふだ眞姫まきろうの元へ飛び、紫色の炎を小さく爆発させる。

 途端、妖しい華の芳香ほうこうが。


愛心あいしんじゅうしゅう──愛別あいべつ離苦りく!」


 ダン、ダン!

 連続で撃ち込まれた弾は、宙に浮いていた御札を撃ち落とした。

 ジュっと音がして、御札が焦げて消える。


「え、何今の。かっこよ」


 早弥が呟く。眞姫瓏はすでに次の技の準備をしている。真菰もまたしかり。

 これが、玄人ほんものの戦い。

 素人が式神を相手に訓練するのとは全く違っていた。


「符焔道・──えんせん

「愛心銃・しつ──依々いい恋々れんれんむなしさ」


 不知火しらぬいや火の玉に似た炎の玉を、豪速の銃弾が撃ち落とす。

 この時間、一秒足らず。


「おっそ」

「いや早いよ寳來くん……」


 もしかしたら、本調子じゃない……?

 確かに、この二人が本気でぶつかったら、もはや殺し合いになりそうだ。それは危ない。手加減するしかない。


 俺がそう考えている間に眞姫瓏が一撃をいれ、真菰の御札は次々と消えていく。

 互いに一歩も譲らない。


「符焔道──」

「愛心銃・あい──殿方とのがたの涙」


 今度は眞姫瓏が仕掛ける。

 地面に向かって飛んだ銃弾が、見えない空気の膜で跳ね返りながら襲う。

 数秒後、真菰の左腕に直撃した。が、見る見るうちに傷は治る。


「色々な場所に当てると威力は落ちます。さっきのは、どうせ目くらましに近っ……」


 つらつらと喋っている間だった。真菰の左のこめかみから、血が出ている。

 さっきの攻撃は完全に誘惑。この一撃を隠すため。


「眞姫瓏さん! それ反則!」

「ごめんっ……実戦と同じようにやっちゃった!」


 今の一撃で戦いは加熱。真菰の使う御札の数が増えていく。

 一方、眞姫瓏は、いつでも受け身を取れる体勢で、待ち構えている。


「符焔道・──きゅうえん!」


 訓練場内に散っていた御札が光り出す。一、二……九枚。

 途端、紫の爆撃が。


「真菰、人のこと言えんの? あんただって実戦同様にやってんやん」

「寳來さん、急になまらないで下さい」


 紫の炎が消えるまで待ち、そっと向こう側を見てみると──。

 受け身を取ったがゆえに砂を被った、眞姫瓏がいた。


「勝者、真菰」


 勝敗が決まり、戦いは幕を閉じた。


 お互いに結構な力を使ったようで、二人とも息切れを起こしていた。袖についた砂を落としている眞姫瓏に、スポドリを渡す。


「ありがとうございます」

「……よく分からんくらい、すごい試合だった」

「そうでしたか。ありがとうございます」


 すがすがしい笑顔でスポドリを飲む眞姫瓏を横で見る。しかし、眞姫瓏の、ここまで屈託のない笑顔は、初めて見るかもしれない。

 いつも、何か分からぬものが、見え隠れしていたから。


「これ、汗拭き」

「ありがとうございます。何から何まで」


 そこまで大したことは、していないのだが。

 やはり、性格の似ない兄妹だ──……。


「はぁ。眞姫瓏さん、ただでさえ体力持たないのに大丈夫ですか?」

「多分、ね。ふぅ……」


 確かに眞姫瓏は細身で、持久力があるとは思いにくい。それは、隣の真菰もそうなのだが。むしろこっちの方がなさそうだが。


「今日はお開きにしようか。みんな、お疲れ様」


 寳來が印を解く。ずっと家の前だと思っていたが、違ったらしい。どうやら周りに迷惑がないようにと、結界を張って別次元に移動させていたらしい。俺にはよく分からない。


「ところで、いつまで訓練するの?」

「五月にある、妖魔掃討特務部隊の入隊試験まで。そのときは、桜雅京に来てもらわないといけないね」


 一ヵ月、あるかないか、といったところか。試験までの時間の割には短い。


「試験は筆記と実技、かな。今日から、びしばし、筆記試験のお勉強もしないとね」


 そういう寳來は、目だけ笑っていなかった。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 どんな勉強をするのかと、渡された教科書を開いた瞬間、思わず「最悪……」と言葉をこぼす。

 理系脳の俺には易しくない、歴史だった。歴史の教科書である。


「最初に《妖魔》が発見された年……? 知らんし……」


 ちなみに隣の早弥が読んでいた教科書は、数学。妖魔の発生確率の計算などである。公式を覚えられない早弥には易しくない。


「これ一ヵ月で覚えるの……?」

「もしかしたら得意分野だけ覚えたら合格できるかもよ。その場合は実技を頑張らないとだけど」


 入隊試験は今回が初めてなので、何が合格への近道か、それは隊長の寳來にも分からない。

 誰も分からないなんて、中学受験よりもしんどい。


「でも寳來さん、フェルマーの最終定理を一時間かからず解けるんですから、余裕でしょ」

「まあそうかもね」


 ……フェルマーの最終定理って、どう頑張っても、一時間かからずでは解けなくないか?

 何せ、フェルマーが発見してから、証明には三百年かかっている。それを、一時間かからずって……。


「まあ、教えてやってもいいか」


 なんか腹立つな、その言い方。見下されてる感じで、気分が悪い。

 寳來だから、いつものことなのだが。


「でも、中学受験の日本史より簡単だよ。だって、七十年しか範囲ないし、覚えること少ないもん。添え物程度の少なさだよ」


 一九五二年に最初の妖魔が発生。一九七〇年には「緊急事態警報」というものが出され、皆が妖魔を恐れる事態になる。二〇一一年に桜雅国の兄弟国の宣東ソンドン、二〇一六年にまた兄弟国のシャオ国が妖魔により滅亡したのをきっかけに、翌年、桜雅国に妖魔掃討特務部隊ができる。


「歴史、終わりか?」

「これで終わり」


 なら安心だな……やはり一回目の試験だからか、ゆるくなっている。

 それよりも……。


「あっちって、西暦を使っているのか?」

「もともとこよみってもの自体なかったから、作るってなったときに便利だなって思ってね。西暦で数えると、俺は九九九年生まれただったな」


 なるほど。まあ、一番使いやすい暦か。

 ……って、え?


「九九九年生まれ?」

「うん」

「一九九九じゃなくて、九九九年?」

「うん。日本の元号だと長保元年」


 九九九年って、時代でいえば、平安時代……。

 は? 千年以上前だぞ? 寳來……平安時代生まれ?

 いやいや、それだと生き物は死んで……。


 ……半妖の寳來には関係ないか。


「まあ、とにかく、あやかしは長寿。俺は混血だけど、母親がバリ強かったから、寿命、普通のあやかしと同じくらい長くなっちゃった」


 なっちゃった、じゃないんだよ。人外が怖くなるからやめろ。

 まあ、こいつにとっては、普通か。


「ちなみに私も……同じです……よ?」

「双子ー」


 背丈が同じくらいなのは双子だからか。ただ、性別は違うので、袖からのぞく腕が全然違うのだが。


「まあ、とにかくお勉強。学校の勉強と変わらん部分もあるから、そこも兼ねて、スパルタで教えていこうかなー」

「スパルタは勘弁してぇ……」


 笑顔でも目許が笑っていない寳來に終始おびえつつ、俺たちは真面目に試験勉強を始めたのだった──。

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