2-11 入隊試験へれっつごー【side 早弥】

 最初に《妖魔》に襲われてから、何日経ったか。

 ──五月上旬。

 鮮やかな色の青葉が、陽光を反射して輝いていた。


 朝早くから荷物をまとめて、みんなと一緒に家を出る。

 今日は、入学試験、筆記試験の日。

 ……はい。時系列が飛びすぎなのは分かっています。分かっているんだけど、それは月兎に聞いて。


 というか、会場は桜雅京の中って聞いているけれども……千葉ここから〈

てんの星》まで、どうやって行くんだろう?



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



「ねえ、寳來くん」


 国道沿いを平然と歩く彼の背中に、声をかける。振り向いた寳來くんは、何? と言うように瞳を濡らした。


「どうやって桜雅京まで行くの、ここから」

「転移するよ」

「へえ。……へ?」


 納得しかけて……目を見開く。


「転移? 転移!?」

「うん。ただ、一回、不安定な場所を中継するけど」


 何だか不穏なことを言われて、肩をすくめる。不安定な場所を中継って何? ちょっと怖いんだが。


「早弥は、黄泉よもつ比良ひらさかって知ってる?」

「よもつ……ひらさか?」


 僕が首を傾げると、寳來くんはため息をついた。そして、話し始める。


「日本神話において生者の住むうつしと死者の住む他界との境目にあるとされる坂、だよ。知ってる?」

「あ……知らない」


 日本神話なんて、イザナミとイザナギが日本列島をつくったことしか知らないなぁ……。

 というか、この世とあの世の間って、三途の川じゃないんだ?


「黄泉比良坂は、まあ、簡単に言うと、イザナギとイザナミが大げんかした場所なんだけど。あやかしたちはそういう、不気味なところを本能的に好むから、そこを経由して行き来するのは楽なんだよ」


 怪談を聞いている気分。怖いもの好きならいいけれど、僕は別に好んでいない。

 詳しく言わなくてもよかったのに、


「運が悪いと、岩の向こうにいるイザナミに恨まれて、呪い殺されるかもね。あやかしはそういうのに耐性や抗体があるけど、人間は薄い。ひねり殺される可能性あるよ」

「こ、怖い怖い……僕、今からそこに連れてかれるの?」

「そう。だけど、俺がいるから大丈夫だよ。多少なりの邪気なら、この手でつぶせるから」

「黄泉比良坂より怖い」


 人外である寳來くんは、よく物騒な言葉を口にする。しかも、冗談などではなく、本気で。

 人道的だからよかったけど、もしかしたら、割と平気で殺人とかできるのかも……と、おふざけなしで思うのだ。


「とにかく、安心しな。それに、桜雅京のまもりは固いから、中入ったら怖いものなしだよ」

「いやいやいやいやいやいや」


 人外を基準にして考えられても困る。僕は生身の人間だ。人外に近い能力を、わずかに持っているけれども。


「で、眞姫瓏。霊弥の試験会場まで送っておいて。二人は試験会場が全然違うから」

「了解。真菰くんは陰陽道の試験?」

「うん。準一級だから、終わるの結構遅いと思うよ」


 陰陽道の試験……準一級ってことは、かなり高い級の試験だよね……。

 真菰くんも、頑張っているんだなぁ……。


「ていうか、入試の難易度……」

「いや、俺に聞かれても困るんだけど」


 だよね。寳來くんは入隊試験、受けてないもんね。

 後ろを向くと、眞姫瓏ちゃんも、困ったように笑みを浮かべる。


「陰陽道の試験は難しいの?」

「うん。特に陰陽道の中には、慎重に扱わねばならない術式も多いからね。不用意に扱うと神からの祟りを受けることもある。天文学での占いと聞くと安全だけど、意外に危ないんだから」


 怖っ……そ、それを真菰くんは、あの小さな身で行うんだよね……。


「あと、専門的な知識と正しい順序が必要。間違えると……」


 そう言って寳來くんは手を叩く。要は、終末ってことだ。使い方を間違えると、全てが終わる。もちろん、自分も。


「陰陽道の試験は、その専門的な知識と正しい順序を問う。それに受かれば、ある程度は安全に陰陽道を使える、っていう証明ができるってことよ」


 陰陽道の試験の重み、すごいな……。

 命に関わるんだから、その試験は難しいに違いない。ゆるくしたら、絶対に質が下がって弊害へいがいが生まれてしまう。


「まぁ、妖魔掃討特務部隊のは、そこまで難しくないと思うよ。陰陽道ほど危険なものじゃないし。あ、死ぬ危険はあるけどね」

「さらっと怖いこと言わないで」


 結局、命に関わることじゃん──と言いかける。《妖魔》は、どれほどの命を奪ってきたのかと考えると、命懸けなのも納得がいく。

 《妖魔》は、国を滅ぼせる。文明を破壊できるんだ。


「ちなみにだけど、最初は単独任務?」

「いや? 俺いるけど。すぐ母上に気に入られて昇格できると思うよ。あ、死亡率が上がるけど」


 それだったら死亡率が低いまま昇格しなくていいんだが。


「さあ、この坂を全力で上って。そうしたら黄泉比良坂に着いて、その後、気づいたら桜雅京にいるはず」


 目の前に立ちはだかる急坂。

 これが……黄泉比良坂に通ずる坂……?

 どう見ても、普通の坂……。


「何立ち尽くしてんの? 早く上ってよ」


 なんか……うるさ……。

 舌打ちしてから、目の前の急坂を駆け上った。坂を上り終えた後、振り返る。


 人も車も、何もなかった。

 建物が、廃墟のように取り残されている。昼とも夜とも言えない薄暗い空と、不気味な虚無感。

 これが、黄泉比良坂?


「どうだい? 初めて見る、見知った町の風景は」


 耳許みみもとささやく声が、背筋をぞわりと通り抜ける。

 知っている町。見知った町の風景。それなのに、初めて見る。怖い。


「目、つぶって。……三つ数えてそこで待ってて」


 つぶろう──と思うより早かった。勝手に目が閉ざされる。

 催眠術なのか? と疑う。一、二、三……。


 眼前に広がる景色に、目を見張る。


「……!?」

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