2-4 雑談には入れない【side 霊弥】

 部屋に帰って来た早弥さやは笑顔だった。どうも、許可は下りたらしい。

 これで、三人の宿泊費は浮いた。

 ……なぜ、そんなに簡単にしょうだくしてくれたのか、謎は残るが……。


寳來ほうらいくん、大丈夫?」

「うん。多分治った」


 貧血が治る速さとしては異常すぎないか……?

 そんな、数十分、長くても一時間足らずしかここに居なかっただろ……。

 これも半妖の能力なのか?


「でさでさ、晩ご飯どうする?」


 おれに目で訴えてくる早弥にため息をつきつつ、頭を回す。

 飯店で会ったときの三人の食べる量は、常人……いや、人間の数倍はあったからな……。

 もしかしたら、我が家じゃまかなえないかもしれない。


「外食?」

「家事上手のれいくんが、そんなこと言うの珍しい」


 珍しくはないだろ……。

 心の中でツッコミを入れてから、三人組の方を見ると──。


「焼肉屋もしゃぶしゃぶ屋も超ありますねー」

「ま、真菰くんは、どっちがいい?」

「どっちかっていうと、しゃぶしゃぶですかね」

「食べ放題だ〜すごいね!」


 ……おい、外食する気満々なんだが。まだ決まっていないのに。

 それよりあいつらのスマホ、結構いいやつなんだが。うらやましすぎだろ。


「ここから……六、七キロ?」

「遠すぎません? 馬でも走らせる気ですかね?」


 こいつら本当に行く気か……。

 すげえな。そして最短距離でその距離……自動車も無理だし、こいつらは自転車もない。電車もバスも利便性に欠ける……。

 ……歩くか。


「……で、五人で何円?」

「二万いかないくらい」


 経費といったが、残高は全然問題ない。大丈夫そうだ。あとは寳來に任せよう。


「じゃあ、行こう」

「やったー!」


 早弥が嬉しそうに跳びはねる。


「はいはい、んじゃ行きますよ」


 呆れ顔で歩き出す真菰。

 その真菰に早弥とりゅうかん兄妹が着いて行き、俺もその背に着いて歩いた。

 タクシーを捕まえて乗った方が良かったな、とか、思いながら。


 ……中略を挟もうとしたが、道中のコイツらの会話が面白すぎたので、スルーするのは無理だった。


「きのこ派? たけのこ派?」


 それ、今聞くか? 早弥。

 しかもそれ、日本国内で永遠にいがみ続ける仲……その論争に終止符を打たれたら、この国終わりだ。


「えー? 奇数じゃないですか、ここ」


 俺と、早弥と、寳來と、眞姫瓏と、真菰の五人だもんな。綺麗には割り切れ……な、ない。


「まあいいじゃん? で、寳來くんはどっち派?」


 結構グイグイ寄る早弥から、一歩距離を取った寳來。


「え? え……甘いものそんなに食べないけど……」


 確かに、あまり甘いものを食べない人もたくさんいるよな。く言う早弥も、どちらかと言えば苦党だし。

 ……にしても、早弥の攻めがスゴいんだが。


「眞姫瓏ちゃんと真菰くんは?」

「うーん……私は、たけのこかな……」

「はいはーい。きのこ」


 割れた……。

 まあ、そうだよな。天下を二分するものだし。……宇都宮vs浜松vs宮崎みたいな。


「おーい、中立派の霊弥くーん」


 言うなし。

 その情報、あんま曝け出したくないんだよ……どっち派の方にも叩かれそうだから。寝返ったとか裏切り者とか。


「は? 中立派? そうやってきょう安全圏あんぜんけんに逃げるの、馬鹿のすることだって分かってます? それとも自分が馬鹿だって自覚が?」


 よりにもよって、あの真菰に言われてしまった。

 彼の言っていることは、あながち間違っていないのだが……それでも、かなり精神的にくるところはある。


 だったとしても残酷なくらい、毒があるのだが。


「ま、真菰くん、流石に言いすぎじゃ……」

「大丈夫じゃないですか? あの人、顔的に傷付かなさそうだし」


 真菰……。


「霊弥くん、大丈夫?」


 早弥が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「……うん」

「そう? なら良かった……」


 いや、良くはない。

 ……だが、まあ、真菰の毒舌はいつものことだしな。もう慣れた。

 それに、俺がどう言われようとも、別に構わないし。


 ……でもやっぱり、傷付かないわけじゃないから、ちょっとくらい気遣ってくれても良いんじゃないか? とは思ったりするのだが。


「喋りすぎの真菰と、喋らなさすぎの霊弥。……相性悪そうだね」

「話し上手と聞き上手の組み合わせが、一番いいんだけど……」

「だね、眞姫まきろう


 確かにそうだが、俺は聞き上手でも話し上手でもないので、誰とでも相性が悪そうだ。

 実際人付き合いは、早弥の方が上だろう。学校でも積極的に話をする、そんな早弥を見るたびに、ちょうの笑みが浮かぶ。


「霊弥は霊弥でいいと思うけどね。合理的で、無駄がなくて。スケジュール管理とか得意そうじゃん?」

「あーね。霊弥くん、本当スケジュール管理上手いよ」


 確かにそうだな……。言われてみれば、スケジュール帳はよく書くかもしれない。


「……それより会話に参加して下さい、霊弥くんっ」


 わあっ。

 早弥に肩を叩かれ、思わず叩かれたところをすくめる。


「あ、ごめん。……で?」

「だから、真菰くんは霊弥くんのことが嫌いなんだって」

「……」


 薄々分かっていた。


「多分、相性が悪いからじゃないでしょうかね……」


 眞姫瓏が苦笑いしながら言う。その横では、寳來も微妙な顔をしていた。


 ……いやまあ確かに俺もアイツのこと苦手だけどさ……。

 でもそんな理由で嫌われるのってなんか嫌だ。

 それに、今後は何があろうと関わりそうだ。いつまでもいがみ合うのも、よくないとは思うが……。


「絶対、相容れない。確信してます」


 そう言いながら、真菰は俺を睨め付ける。

 童顔で声も幼い、実際幼いのだから威圧感はないが、それでも不愉快であることは確かである。


「……ったく、親睦会がてらの外食なのに、これかよ……」


 寳來がひとり呟く。親睦会も兼ねていたんだな。……まあ、五人で外食なんてしたことないだろうし、妥当か?


「でもさ、真菰くんって霊弥くんのこと嫌いって言うわりには、霊弥くんに絡んで来るよね」


 早弥がそう言うと、真菰は悔しそうに頷いた。

 ……確かにそうだな。嫌われているなら嫌うだろうし、そもそも絡みにも来ないだろう。それなのになんでだ? いや本当になんでだ……?


「……あ」

「うざいから忠告してるだけでーす。残念! 気になってんのはさ……い、いないです!」


 真菰は早弥の指摘に動揺したのか、少し声が裏返った。

 ……いなくはないよな?


「あ! あれじゃない?」


 眞姫瓏が指さした先には『しゃぶしゃぶ食べ放題』という看板があった。


「あー腹減った。行こ行こ」


 数時間前まで貧血で終わっていた寳來だが、もう全然問題ないのか。

 それよりヤバい。呑気すぎて。


「わーい、楽しみっすねー」

「う、うん!」


 乗り気の三人に、俺たちはため息をつく。


「あいつらって……」

「食いしん坊かな」

「だな」


 早弥と見合う。


「早く入りましょうよ」


 真菰に急かされ、俺たちは店内に入る。

 中は結構賑わっていて、席もそこそこ埋まっていた。……まあ、この人数なら大丈夫だろう。


「何名様ですか?」


 店員がにこやかにそう問うてきたので、俺は五人と手で示しながら言った。


「……五人です」

「かしこまりましたー! お好きな席にどうぞ!」


 そう言われたので、俺たちは適当に席に着いた。そしてメニュー表を回しながら注文を決める。

 決めるのは、出汁だしとプラン……か。


「韓国フェア……」


 寳來が呟く。


「寳來くん?」

「俺……韓国料理好きなんだよね……」


 そうなのか……。

 あまり外見からその嗜好にたどり着かなかったが、人は見かけによらぬもの。実際、俺もそうだ。


「そうなんだ。で? フェアの内容は?」

「出汁、参鶏湯サムゲタンだって……」


 美味しいやつである。

 一応、課金をすれば白出汁を変えられ、さらに課金すると四つ出汁を選べるらしい。


「でも、赤チゲもあるよ……? お兄ちゃん」

「外せないよ……」


 よほど好きらしい。

 ……チゲは、韓国語で「煮込んだ鍋料理」……。だったかな。


「じゃあ、四つ選びましょ。参鶏湯、赤チゲ、帆立豆乳、柚子塩でどうですか」


 真菰が強引に決めた。決めたが、決めたが。


「え、天才? 真菰くんって」

「そうですよ早弥さん。おれ、これでも出汁ソムリエなんで」


 チョイスが最高である。あっさり系が多い気もするが、真菰曰く


「肉をしゃぶしゃぶしてる間に脂が溶けてスープに染み込んで、段々こってりしてきます。出汁を補充したらあっさりに戻ります」


 つまり味変が結構楽しめるのである。

 そこまで計算していたとは、ただ生意気なガキではないようだ。


 そうこう話し合いながら注文を終え、全員で色々と取りに行く。


 ある意味このしゃぶしゃぶ、楽しかったのであるが──。

 詳しくは、次回。

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