〈天華星翔奮戦記〉

月兎アリス@カクコンを頑張ろう💪

序編:天華の扉

一:奇妙な邂逅

1-1【side 霊弥】

 今を生きているあなたは、明日から世界の見え方が変わる、なんて考えたことはあるだろうか。

 明日、運命も状況も何もかも変わる、なんて、創作の世界だけの馬鹿げた空想に過ぎないかもしれない。


 でも、この世の全ても知らないのに「平凡が続く」ことを当たり前のように考える方が、よっぽど馬鹿げている。

 そしてその当たり前を通り越して、意識しないのも馬鹿げている。


 事故に遭ったら。事件に遭ったら。

 或いは、大怪我や重い病気を患ってしまったら。

 間違いなく、自分の人生は、その瞬間から、全然違う方向に向かう。


 そんな人生を送らされた人が、今までこの星に何人いたか、あなたは数えられるか?

 その、数えきれない人のうちの一人に、自分がなるかもしれない、そんな恐れを抱きながら、今を生きているか?


 俺も最初は、無意識だった。

 事故も事件もなく、怪我も病気もない、平凡な人生を送っていたから、危機を感じたことがなかったんだ。


 けれども今さっき、感じた。

 そう、を。


 ……目の前にようがいたら、誰だって危機感を感じるに決まっているだろうが。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 さかのぼること約三十分前。


れいくん、帰るよ〜!」


 弟の早弥さやに名前を呼ばれて、ふいっと振り向く。

 早弥は俺の双子の弟。早弥が言ってくれたが、俺の名前は「霊弥」だ。


 気付けば、もう四時。帰りのホームルームが終わったところらしい。全く気が付かなかった。


「ん。帰るか」

「んもー、四時半から部活だよ? ゆるいとはいっても、遅刻したら怒られるよ?」


 今日は練習日だっけと思いながら、机の横にかけていたリュックを背負う。


 ちなみに俺は、剣道部所属。早弥は、弓道部所属。

 変わったことに剣道部と弓道部は、別々の部活とされているのに、もんも活動場所も活動日も一緒で、練習は合同で行っている。


「早弥、今日部活は?」

「今日はないよ。だから先に帰るね!」


 そうか、早弥はないのか。

 ……ん? いや待て。今さっき早弥はなんて言った?


「……え、お前今日部活ないの?」

「うん! もう退部届、出したからね」


 あっけらかんとそう言う早弥に、俺は軽くまいを覚える。


 そうだった……こいつ退部してたんだった……。

 まさか早弥が部活を辞めるとは思わなかったから、今の今まで、全然実感が湧いていなかった。


「霊弥くんは、部活あるんでしょ? 頑張ってね!」


 早弥の明るい声に見送られて、俺は教室を出た。


 ……退部したってことは、もう弓道部に行かないってことでいいんだよな?

 なんで退部したんだ……?

 まさか、早弥が高校でも弓道を続けると思っていたから驚いたけど……まあ、いいか。人には人の事情があるだろうし。


 校門に向かう早弥を一瞬ちらっと見て、第二体育館へ入る。


 パン、パン。

 カン、カン。


 体育館の中で、竹刀がぶつかり合う音、弓の弦が張る、弦音つるおとという音が響いている。


「霊弥、遅いぞ!」


 部長の怒鳴り声に軽く謝ってから、俺は体育着の上から剣道着を着た。

 手拭いを顔につけ、上から面を被り、道着どうぎを着て、はかまく。


「お! 霊弥来たか!」

「待ってたで」

「はよ準備しいや」


 俺を見つけた部員たちが口々に言う。

 ……というか、その言い方だと俺が遅刻したみたいに聞こえるじゃないか。

 あとなんで急に関西弁なんだ。ここ千葉だよ。


 まだ部活が始まる時間までは少しある。

 俺は、ちょうど竹刀しないを取りに行っていた部員に声をかけ、自主練を申し込んだ。


「ん。小鳥遊たかなし、やんのか」

「ああ。俺も、案外たいではないからな」

「ははっ、意外やなぁ」


 だから何で関西弁なんだ。関西出身が居るならまだしも、全員が関西出身なわけはなかろう。


 取り敢えず人のいないところに立ち、竹刀を構えた。

 面越しに見える相手の表情をうかがいつつ、一瞬で接近して竹刀を面に入れ込んだ。

 カン!

 竹刀と面がぶつかる、小気味よい音が響く。


 ……やはり、少し鈍っている。朝練には来ていなかったから当たり前といえば当たり前だが、それでも腕が落ちているのはわかる。

 今相手にした部員も、決して弱いわけではない。むしろ強い部類に入るだろう。

 だが、俺はその強さを上回っていたらしい。相手に面を入れられたのがいい証拠だ。


 もう一度構え直して、相手を見る。今度は向こうから仕掛けてきたのでそれを十字に受け止める。

 もしも武器が竹刀ではなく、日本刀だったら、火花も散る戦いだっただろう。


 相手の竹刀を流し、そのまま面に打突を入れる。


 カァン!


 と一際大きな音が響いて、相手はその場に崩れ落ちた。どうやら頭を強打しているらしい。

 ……しまったな。やり過ぎたか?


「小林、大丈夫か?」

「ん? 大丈夫や。なーんもあらへん」

「怪我はないか?」

「ないやろ、大丈夫大丈夫」


 とはいえ、その後の部活動で痛みを我慢させるのも不憫だし、何より普通に心配なので、保健室に連れて行くことにした。

 ついでに俺の水筒が空になったので、水道で注いでこよう思う。


「小林、保健室行こう」

「ん? なんでや?」

「頭打っただろ。念のためだ」

「ああ……大丈夫やって言うとんのに……」

「だめだ。行くぞ」


 半ば強引に小林を立たせて、体育館を出た。

 体育館から保健室は、そう遠くない。すぐに小林を、養護教諭に預けた。


 水道で水を汲みながら考えるのは、早弥のことだ。

 退部したらしいが、何故なのか見当もつかない。

 何か悩んでいることがあるなら相談してくれればいいのにと、少し寂しい気持ちになる。

 これでも俺、双子の兄だし……。


 水筒の口が細いので、時折り、外れた水がこぼれて落ちていく。

 流し台から排水口に向かって、水が流れていた──のだが。


 水筒に水を入れ終え、蓋をした瞬間。


 ヒョイッ


「はっ……?」


 流し台の水から手が伸びてきて、俺の水筒を奪った。

 その手は、水筒の蓋を開け、そして──廊下に向けて水を放った。


「……!?」


 言葉に言い表しようのない不気味さに、目を見開く。

 先ほど水筒を持っていた水の手はというと、水筒なんて流し台に放り出し、もう流し台から出ている。

 廊下に散った水と合流すると──。


 瞬く間に、人型にまで大きくなった。

 何だ、妖魔か……?


「はぁ……!?」


 俺ほどの背丈があり、透明。人型でゼリー状の物体に見えるが……動いている……!

 妖魔は、合気組手のように手を構えると、空中で弧を描き──。


「……!!」


 かわす間もなかった。飛び出してきた水は俺の顔面を狙っていて……必死にそらしたが、ダメだった。

 そっと当たったところに触れる。

 生温かいのりが、手にべっとりついた。


てっ……」


 思わず呟く。でも、本当に痛かった。

 肉がえぐられるような痛み。もちろん、そんなわけはなかろうが、そう感じてしまう。


 顔をしかめ、痛みに耐えていると、再び妖魔が構えた。

 ……あ、終わった。

 そんなことを思ってしまうのも無理はなかった。

 もう一撃喰らったら、間違いなく──終わり。


 諦めて、目を閉ざす。

 早弥やみんなには申し訳ないが、あんまり痛み続けるのも嫌だし、ささっと死んだ方がいいかもしれない……。

 そんなことを思った、次の瞬間。


「危ないっ……!」


 聞き覚えのない声が、遠くから聞こえた──と思ったら。

 目の前で、皮膚ひふが裂かれる音がした。

 生々しい……。


「……!?」


 パッと見上げ、視界に映ったのは──とんでもない人、だった。



 青みがかった長い黒髪。

 浅葱色あさぎいろの着物。

 紺色こんいろはかま

 うるしりのぼく

 でも、それよりも。


 背中から生えた、三対の、白と灰色の翼。


 そいつは──人間じゃなかった。

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