〈天華星翔奮戦記〉〜双子の少年は妖魔を倒して、仲間と共に成長する〜
月兎アリス@天翔記参加中💪
第一編:天華の扉
一:奇妙な邂逅
1-1 妖魔現る【side 霊弥】
息を呑んで、痛みに耐える暇もなく、それが構えを取る。
その水が、まるで生き物のようにうねり、次の一撃を準備しているのが見えた。
目の前に広がる、無数の水の玉。無機質で冷たい、しかし確実に命を奪う力を持ったそれらが、俺に向かって猛然と迫ってくる。
「来る……!」
反応が間に合わない。もう一度、また、また──。
俺の体が動かない。足がすくんで、背中が引き裂かれそうなほど固まってしまう。
目の前で水の妖魔が、その丸い手を振り上げ、力強く一撃を放った。まるで空気をも引き裂くような音を立てて、水が俺に向かって飛来する。
絶叫すら出ない。ただ、頭の中が真っ白になり、目の前に迫る水の塊を目で追うしかできない。
逃げられない、避けられない──その瞬間、背筋に冷たいものが走る。確実に死が近づいている。
だが、そこで──
✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*
さかのぼること約三十分前。
「
弟の
早弥は俺の双子の弟。早弥が言ってくれたが、俺の名前は「霊弥」だ。
気付けば、もう四時。帰りのホームルームが終わったところらしい。全く気が付かなかった。
「ん。帰るか」
「んもー、四時半から部活だよ? ゆるいとはいっても、遅刻したら怒られるよ?」
今日は練習日だっけと思いながら、机の横にかけていたリュックを背負う。
ちなみに俺は、剣道部所属。早弥は、弓道部所属。
変わったことに剣道部と弓道部は、別々の部活とされているのに、
「早弥、今日部活は?」
「今日はないよ。だから先に帰るね!」
そうか、早弥はないのか。
……ん? いや待て。今さっき早弥はなんて言った?
「……え、お前今日部活ないの?」
「うん! もう退部届、出したからね」
あっけらかんとそう言う早弥に、俺は軽く
そうだった……こいつ退部してたんだった……。
まさか早弥が部活を辞めるとは思わなかったから、今の今まで、全然実感が湧いていなかった。
「霊弥くんは、部活あるんでしょ? 頑張ってね!」
早弥の明るい声に見送られて、俺は教室を出た。
……退部したってことは、もう弓道部に行かないってことでいいんだよな?
なんで退部したんだ……?
まさか、早弥が高校でも弓道を続けると思っていたから驚いたけど……まあ、いいか。人には人の事情があるだろうし。
校門に向かう早弥を一瞬ちらっと見て、第二体育館へ入る。
パン、パン。
カン、カン。
体育館の中で、竹刀がぶつかり合う音、弓の弦が張る、
「霊弥、遅いぞ!」
部長の怒鳴り声に軽く謝ってから、俺は体育着の上から剣道着を着た。
手拭いを顔につけ、上から面を被り、
「お! 霊弥来たか!」
「待ってたで」
「はよ準備しいや」
俺を見つけた部員たちが口々に言う。
……というか、その言い方だと俺が遅刻したみたいに聞こえるじゃないか。
あとなんで急に関西弁なんだ。ここ千葉だよ。
まだ部活が始まる時間までは少しある。
俺は、ちょうど
「ん。
「ああ。俺も、案外
「ははっ、意外やなぁ」
だから何で関西弁なんだ。関西出身が居るならまだしも、全員が関西出身なわけはなかろう。
取り敢えず人のいないところに立ち、竹刀を構えた。
面越しに見える相手の表情を
カン!
竹刀と面がぶつかる、小気味よい音が響く。
……やはり、少し鈍っている。朝練には来ていなかったから当たり前といえば当たり前だが、それでも腕が落ちているのはわかる。
今相手にした部員も、決して弱いわけではない。むしろ強い部類に入るだろう。
だが、俺はその強さを上回っていたらしい。相手に面を入れられたのがいい証拠だ。
もう一度構え直して、相手を見る。今度は向こうから仕掛けてきたのでそれを十字に受け止める。
もしも武器が竹刀ではなく、日本刀だったら、火花も散る戦いだっただろう。
相手の竹刀を流し、そのまま面に打突を入れる。
カァン!
と一際大きな音が響いて、相手はその場に崩れ落ちた。どうやら頭を強打しているらしい。
……しまったな。やり過ぎたか?
「小林、大丈夫か?」
「ん? 大丈夫や。なーんもあらへん」
「怪我はないか?」
「ないやろ、大丈夫大丈夫」
とはいえ、その後の部活動で痛みを我慢させるのも不憫だし、何より普通に心配なので、保健室に連れて行くことにした。
ついでに俺の水筒が空になったので、水道で注いでこよう思う。
「小林、保健室行こう」
「ん? なんでや?」
「頭打っただろ。念のためだ」
「ああ……大丈夫やって言うとんのに……」
「だめだ。行くぞ」
半ば強引に小林を立たせて、体育館を出た。
体育館から保健室は、そう遠くない。すぐに小林を、養護教諭に預けた。
水道で水を汲みながら考えるのは、早弥のことだ。
退部したらしいが、何故なのか見当もつかない。
何か悩んでいることがあるなら相談してくれればいいのにと、少し寂しい気持ちになる。
これでも俺、双子の兄だし……。
水筒の口が細いので、時折り、外れた水がこぼれて落ちていく。
流し台から排水口に向かって、水が流れていた──のだが。
水筒に水を入れ終え、蓋をした瞬間。
ヒョイッ
「はっ……?」
流し台の水から手が伸びてきて、俺の水筒を奪った。
その手は、水筒の蓋を開け、そして──廊下に向けて水を放った。
「……!?」
言葉に言い表しようのない不気味さに、目を見開く。
先ほど水筒を持っていた水の手はというと、水筒なんて流し台に放り出し、もう流し台から出ている。
廊下に散った水と合流すると──。
瞬く間に、人型にまで大きくなった。
何だ、妖魔か……?
「はぁ……!?」
俺ほどの背丈があり、透明。人型でゼリー状の物体に見えるが……動いている……!
妖魔は、合気組手のように手を構えると、空中で弧を描き──。
「……!!」
かわす間もなかった。飛び出してきた水は俺の顔面を狙っていて……必死にそらしたが、ダメだった。
そっと当たったところに触れる。
生温かい
「
思わず呟く。でも、本当に痛かった。
肉がえぐられるような痛み。もちろん、そんなわけはなかろうが、そう感じてしまう。
顔をしかめ、痛みに耐えていると、再び妖魔が構えた。
……あ、終わった。
そんなことを思ってしまうのも無理はなかった。
もう一撃喰らったら、間違いなく──終わり。
諦めて、目を閉ざす。
早弥やみんなには申し訳ないが、あんまり痛み続けるのも嫌だし、ささっと死んだ方がいいかもしれない……。
そんなことを思った、次の瞬間。
「危ないっ……!」
聞き覚えのない声が、遠くから聞こえた──と思ったら。
目の前で、
生々しい……。
「……!?」
パッと見上げ、視界に映ったのは──とんでもない人、だった。
青みがかった長い黒髪。
でも、それよりも。
背中から生えた、三対の、白と灰色の翼。
そいつは──人間じゃなかった。
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