4-5 隊長様の直属【side 早弥】

 ──ようそうとうとくたい、訓練場。

 とりあえず、と言わんばかりに、突然、連れてこられた。


「えっと……どういうことですか……?」

「新隊員入隊の何とやら……」

「……把握していない、というのはないですよね?」


 れいくんの眼差しに「ひっ」と悲鳴を上げて、腰を抜かしてしまった案内さんを立ち上がらせながら、ぼくは霊弥くんをにらむ。


「そういう目、やめた方がいいよ」

「したくてしてるわけじゃない」


 わかってるけど、直す努力をしようよ──。

 視線を合わせた後、僕はため息をついて、案内さんのそでの土を払った。


「あ、ありがとうございます……」

「いえいえ、どういたしまして。うちの兄がごめんなさい」


 続々と集まってくる人たちの視線をひしひしと感じていたとき、近くに立っていたふたり組が、わざとらしい声で内緒話を始めた。


「あれ、人間だよな……」

「何でここにいんだろうな」

「裏口だろ?」

「そうだろうなぁ」


 その声を聞いた周りの人たちも、僕らを見て、何やら話をしている。


 思えば、みんな、人間とはかけ離れた容姿をしている。

 動物の耳や尻尾を持っている人や、角を生やした人、体に電気やら水やらをまとった人に比べたら。


 確かに僕たちは、場違いだ……。


 みんなの様子をながめていた僕が落ち込んでいると思ったのか、案内さんが寄ってきて、背中をさすってくれた。


「気になさらないで下さいね」

「……、ありがとうございます」


 と、そのとき、建物の玄関から、羽織を羽織ったほうらいくんが出てきて、前に置いてあった台に乗った。

 肌寒い風に、長い黒髪がなびいている。


「……まず言うこととすれば、これかな。『合格おめでとう』」


 その言葉に、周りにいた人たちも背筋を伸ばして「ありがとうございます!」と叫んだ。

 僕も、一応、頭を下げておく。


「……で、今回は、おれの『直属』の隊員を選んでいます」

「「「おおっ!?」」」


 わき立つ周りに反して、霊弥くんはめちゃくちゃ眠そうに、のん気にあくびをした。

 ……せめて猫背はやめようよ。


「……受験番号を読み上げるので、呼ばれた人は来て下さい」


 自分だ自分だ、とさわぐ周りと、今にも寝そうな兄の間で、僕は苦笑いをした。


「一〇八九番、一一二七番。来て」


 ……え?

 頭が真っ白になりかけた。


 なりたかった、とも、なりたくなかった、とも思っていない。

 ただ、想定外だっただけ、だと思う。


「……あ、はい……」


 一〇八九番は僕で、一一二八番は霊弥くんだ……。

 大回りして台のもとへ行っている最中、左耳で、どよめきを聞いていた。


 わからなくもない。

 どうして、人間の僕たちが選ばれたのか、自分でもわかっていないんだから。

 本当、謎だ。


「……顔と名前、覚えてね。こっちが小鳥遊たかなし霊弥で、こっちが小鳥遊早弥だよ」


 顔と名前、覚えてねって言われても……無理無理。

 お父さんとお母さんでも、ちょくちょく間違えているんだから。

 いや、でもなんで僕たちが……。


 絶対、誰かが反発するって……。


「隊長、何で人間なんですか!? 妖魔の被害は、あやかしもこうむっているんですよ!?」


 ほら、言わんこっちゃない。

 寳來くんの表情は、それが何か? と言わんばかりの冷ややかな笑顔だ。


「こんな、人間なんか、初手の初手でやられるに決まっ……」


 そうだよ、ねっ、そうでしょ?


「あのさぁ、ふたりは、君らが受けた試験を、人間というハンデを背負って受けてたわけ。どういうことかわかるでしょ?」


 しんと静まり返った訓練場に、カツンという音が響いた。

 寳來くんのもとを見ると、そこには、赤黒い短刀が──……。


 無言の圧に、みんな黙りこくる。


「そういうことだから。これ以上何か言うようなら、今俺が、これで」


 短刀を持ち上げた瞬間、何人かが顔を覆ってしまった。

 赤黒い短刀はさんして、寳來くんの手首にもぐっていく。


「じゃあ、ふたりは後で、しつしつにおいで。さんぼうたちに後は任せます」



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 建物はしょいんづくり、というか、典型的な和風建築でつくられていた。

 組織自体が新しいので、建物も、見た目の割には新しそう。


 木の札に筆文字で「執務室」と書かれた部屋のふすまを案内さんが開けると、そこは、天井の高い畳張りの広間だった。

 正方形になるように、長い座卓が並べられている。


 その一角に腰掛ける、たおやかな彼は──。


「隊長。連れて参りました」

「ありがとう。茶でもよこしなさい」


 寳來くん、だ。


「あ、ふたりは適当な席に座ってて。何か食べたいものでもあったら、すぐに言って。用意させるから」

「……さんぼん

「どんだけ甘いもの好きなの」


 はぁ、と寳來くんはため息をついて、持っていたそろばんをわきに置いた。

 その所作のひとつひとつが、いつもとは違う。


「ふたりには、さっきも言った通り、俺の直属の隊員になってもらう」

「……聞かせてもらうね。理由は?」

ようりょくの片鱗は、いわば原石。それを持つ人間というふたりを、ただの隊員にするにはもったいない。な存在なんだ」


 僕たちが稀有な存在で、ただの隊員にするにはもったいないから、直属にする……って?


「後方支援を充実させる代わりに、俺は初手で、幹部級の任務に君らを付き合わせようと思ってんだけど」


 笑わない目許に怖がりつつも、僕は首を縦に振る。

 ああ、また軽い判断で。


「そう。なら、早速かな。もう依頼が来ちゃったからね」


 確かに、寳來くんの手許には、封筒が何枚もあるけれども……。

 寳來くんは、その一つを開けて、読み上げた。


「『わたしは、友人と共に、きりがくれの村という場所の旅館に泊まりました。老夫婦が主人と女将をしていて、とても気さくな人でした。料理も美味しく、ながめもよく、部屋もきれいで、快適でした。ですが、友人の眠る隣の部屋から、ざくざく、と何かを切る音が聞こえて、私は目を覚ましました。部屋には誰もおらず、代わりにばさみだけが残されていました。翌朝、裏山で、友人と同じ性別、同じ推定年齢、同じ身長、同じ服を着た遺体が見つかりました』」


 何それ、怖い……。

 つばを飲み込んで寳來くんを見つめると、寳來くんは口角を上げてこっちを見た。


「その『霧隠れの村』に、君らと俺、それからろうこもと一緒に行くよ」


 ……それは、もしかして。


「早速、やっていこうね」


 ──ようしゃの一切ない隊長の言葉と、僕たちの息づかいだけが、静寂の部屋の中で聞こえた。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 お読み頂きありがとうございます。

 これにて「第一編:てんの扉」は終了です。

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