4-4 一つ目の大団円【side 早弥】

 そんな合否発表から数日後。

 ぼくたちは、あの日訪れたしゃぶしゃぶ屋に来ていた。


「お疲れー」

「お疲れ様です!」

「頑張った方だと思いますよ〜」


 ありがとう、と心の中でお礼を言ってから、ウーロン茶を飲む。

 合格祝い、と言いつつ、実際には退院祝いだったり。


 まだ包帯の取れていない右腕をぼんやり見ていると、ほうらいくんが「利き手やられたのは大変だったね」と声をかけた。


「うん……でも、何日も家に帰ってなくて、お父さんたち、心配してなかった?」

「え? 大丈夫だけど。おれが言っといたから」


 だったとしても、僕のお父さんから見れば、寳來くんって、赤の他人みたいなものじゃ……。

 でも、その眼差しにこの上ない自信を感じて、僕は口を閉ざした。


「まだ、八分目までしか食べんなって言われてんだっけ」

「うん。だから抑えるつもり」


 普段の生活ができる程度には回復したけれども、食事制限と運動制限がかけられている。当分は八分目まで食べて、体育の授業は見学、と。


「まあ、俺も悪かったよ。無理にやらせて」

「……ううん。軽く受け止めた僕も……」


 思えば、よう退たいを目指し出した理由は、すごく単純な思考回路だった。

 面白そう、だなんて。


「自分の命を軽く見てた。本当、僕ってばかだね」

「……命の危機にさらされない限り、命の価値なんてわからないよ」


 えっ?


 僕が目をみはると、寳來くんは「はばかじゃないよ」と優しく微笑んでくれた。

 それから、牛肉を一切れくれたので、手許のタレにつけ込む。梅の酸味にあぶらの甘味が溶け込んで、舌の上でとろけた。


「命は大切なんてれいごと、言われたところでわからないし」


 ……ああ、そういえば、寳來くんは半妖だから、半分が人間なんだっけ。

 お母さんが存命なら、人間だったのはお父さん。

 寳來くんが生まれたのは千年前。

 お父さんは、遥か昔に……。


 だから、だったんだ。

 さっきの寳來くんの微笑みが、寂しげに映ったのは。


「ていうかれい、糖質制限あったよね?」

「ああ」

「にしては食べすぎでしょ」

「どこが」


 横を見ると、霊弥くんのお皿には、ソフトクリームの上に大量のココアパウダーとカラースプレーをかけたワッフルが、二個。


「……うわっ……」

「お前さ、見慣れてるだろ絶対。今さら引くか?」

「いやだって、いつも糖質制限ないじゃん」


 それがある状態のデザートが、それって……。

 せめて、もっとマシなのを選ぼうよ……。

 とそのとき、そのお皿に、竹串のようなものが載っているのが見えた。


「えっ……わたあめ食べたの?」

「それが?」


 向かいのこもくんが箸を置いて、こっちを睨む。


「……霊弥っさん、知ってます? わたあめが何からできてるか知ってます?」

「もちろん。ザラメ糖」


 当たり前のように答えてワッフルを頬張る霊弥くんに、真菰くんは顔を覆ってため息をついた。


「わかってんなら、何で食うんですか……」

「本当だよねぇ」


 つられて僕もため息をつく。

 ぶっちゃけ、こんな霊弥くんのことは数えきれないほど見てきているので、今さら驚くことはないけれども。


「……甘党なんだね、霊弥は」

「それでいて何が悪い」


 僕としては、双子なのに何十年も早くかれないか心配だ。

 生まれるときも死ぬときも、同時でいたいのですが。


「糖分過多で死にますよって、前に言いませんでしたっけ」

「言ってた言ってた」


 さらにツッコむとすれば、右目につけている眼帯の通り、霊弥くんも完治していない。ケガがまだあるのに糖分過多で病気とかは、笑えない。


「普段の生活が心配で心配でたまらないよ」


 僕も、一緒に生活しているけれども、心配で心配でたまらない。


 というか、昔本当に救急搬送されていたし。あのときは本当にあせった。

 診断結果は、糖分の摂りすぎだったし……。


「もしかして、購買でめっちゃお菓子買ってる系?」

「毎日買ってるよぉ」


 お弁当を食べ終わって、僕が友達と喋っている間、霊弥くんはスッと抜けて購買に行って、毎日大量の甘々お菓子を買ってくる。

 というか、この間の授業中、チョコレートを食べていたような……。


「霊弥、そろそろ甘いものは終わりにしたら?」

「たひぬからやめろ」

「そのまま食い続けてた方がたひぬと思うけどね」


 ひっ……。

 寳來くんの真っ黒い笑顔を見て、霊弥くんはフォークを置いた。


「いや、それは食べて? それ以上は食べないでね」

「……了解……」


 明らかに食べるスピードが落ちている。

 溶けてお皿に水たまりをつくったソフトクリームをすすって、霊弥くんは手を合わせた。


「ったく、普段のペースならもっといっちゃってるよね」


 ぼそりとつぶやくと、霊弥くんがこっちを見てため息をついた。


「お前もさ、肉何枚食ってんだよ」

「僕はじゅーぶんお腹が満たされてるので。欲求不満の霊弥くんとは違──いたっ!」


 ごつんというにぶい音の正体は、紛れもない。霊弥くんが僕の頭を、げんこつで殴った音。


「暴力反対! 暴力反対!」

「うるっせぇな。お前を黙らすための正当防衛だよ」

「何が正当防衛だよ!」


 ニヤリと口角を上げた霊弥くんを見て、結構な人数の女性が反応する。

 ……悔しいな。様になってんだよなあ。

 何なの、あの大人っぽさと子供っぽさのバランス。


「てめぇが言葉でケンカを売ったから、俺はそれを身体で買っただけだ」

「それが暴力になるのは違う!」


 レジで支払い手続きをしていた寳來くんが「どっちもうるさいよ」とあきれる。

 うん……どっちも、うるさいと思う……。


「てか早弥、包帯取れてんぞ?」


 ん? と思って右腕を見ると、半分ほどが取れてだらんと下がり、生々しい傷跡が見えていた。

 ……。


「なんで取れてんの……!?」

「さわぐからでしょうが!! 見せて下っさい!!」


 真菰くんに半ば強引に腕を引かれて、半ば強引に包帯を直してもらった。


「あ、ありがと」


 何気なく頭を撫でると、真菰くんはかっと耳まで赤くして、


「……ばかあああああああああああああああああ!!!」


 と叫びながら、店の外に出ていった。

 え? と僕が首を傾げていると、寳來くんが言い放つ。


「……自分のした行動に責任を持とう」


 えっ、僕、何かしたっけ……?

 もう一度首を傾げながら、さっき直してもらったばかりの右腕に視線を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る