2-8 蝶対僕【side 早弥】

 先制を仕掛けたのはあかつきだった。


ねん!』


 一瞬だけ目の前に映った陽炎かげろうに目をそらしていると、バチっと手に、熱い感触が。

 そっと見てみると……。


「なんかけたみたいになってる……」


 なんか物理的にここの温度も上がっている。手が灼けたみたいになったのも、きっとそのせい。燃翅とはそういう技なんだろう。

 分かんないけど、多分、初手にいい技だ。


『──泡刻ほうこく


 この幼い声……れいだ。

 途端、僕の針路をふさぐように、虹色の、シャボン玉のような泡が。その泡は、面倒な回り道を作るように広がる。


「何これ……」

「か、ちょうである翎の能力です。羽から泡を出して妨害します」

「なんか暁より地味だね!?」


 いや、暁も派手ではないけど。でもなんか、翎の方が、地道というか、派手さに欠けるというか。

 それはそれで悪くないんだけど。


「あ、あと、近づくと危ないですよ。ぶはーんですよ!」

「兄妹そろっておん語が独特すぎない!?」


 兄は「ばびょーん」で、妹は「ぶはーん」って……。

 ちょっとズレてるんだよな……それに使うべき擬音ではないでしょ……。

 というか、泡に近づくと、ぶはーんって……何? 何が起きっ……。


 バッシャーン


 目の前の泡が爆発した途端、他の泡も一斉に爆発し……。

 辺り一面、真っ白になった。


「あー、もろ喰らっちゃったか……」


 つ、冷たっ……これは、水? いや、霞?

 火傷やけどのところに当たって、地味にしみるんだけど……。

 痛いって……。


「っ……」


 よろめいたけど、すぐ体勢を立て直して、前を見……。

 ……見えない。

 そんなホワイトアウト状態は約五秒続き、やっと晴れた。


「眞姫瓏ちゃん、ぶはーんってこういうこと?」

「はい!」


 さっきの一連の流れは「ぶはーん」なのか。

 分からないけれど、それでもいいから、僕は、まず一撃を入れなきゃ。


「くそー、厄介だなー、何気に遠くにいるし」


 二匹の蝶は、先ほどの位置からは離れた場所で舞っている。

 まあ、さっきの技は目くらましに近かったし。


『おいそこのぎんあたま、一撃くらい入れろよ!』


 ……カチン。


「るっせえな! 一撃や二撃、余裕だよ!」


 全力で地を蹴って、二匹の蝶に急接近。

 残り二メートル、そこまで詰めた。


『ほ、ほう


 またしてもホワイトアウトする。でも、すぐ右によけて、霧か霞かの妨害から抜ける。

 羽をすくめた翎が回り舞う。


泡束ほうそく……』


 地面に向けられて放たれた細かな泡の粒が広がって、まるでバリアするみたいにまくを張る。現に、


「わわっ」


 すべりやすくなっていた。ただしムラはあるようで、場所によってはすべらなかったり、逆にすべりやすかったり。


『おい、翎! これじゃ、俺の炎で、打ち消し合うぞ!? もっと周りを考えろよ!』

『ご主人様の、こと、ご主人様、って、呼ばない、暁に、言われ、たくない』

『るせえ!』


 いや、翎の気持ちも分かるんだよなあ……。

 上の方に敬意も払えない暁が、仮に翎の立場だったとして、その指摘通りに行動できるかは疑問。


「仲間割れするなんて。いつから自殺志願者になったの?」


 あざ笑うように言い放ってから、二人に矢を射り……。


 ……あ、詰んだ。

 これ、命中したら……翎も暁も、たおれちゃうんじゃ……。

 殺すなって言われてたのに……。


「うわっ……」


 諦めて矢の方を見る。


 と、矢は二匹の蝶に命中した途端、それらを貫くことなく地に落ちた。

 代わりに、蝶たちの周りには、ガラスが割れたような幻が現れて消える。

 ……ん?


『おーい、主人! 結界が破られたぞ!』

『戻ら、なきゃ。行くよ、暁』


 翎と暁は、ふわふわと舞いながら、眞姫瓏ちゃんの元へ帰った。

 ……あれ。死んでない?


「眞姫瓏ちゃん、僕の矢、当たったよね……?」

「結界を破っただけですかね……一撃までは耐えられました。でも、今は無防備なので、この状態では射らないで下さい」


 射る気すら起きないから大丈夫だよ、と目で伝える。

 すぐさま僕の元に真菰くんが駆け寄った。


「火傷、見せて下さい」

「あ、うん」


 暁の攻撃を受けて少しただれた火傷を見せる。真菰くんがそこを指でなぞった途端、見る見るうちに火傷が消えていく。

 何だっけ。《治癒ちゆのうりょく》だっけ。


「これで大丈夫です。痛かったら教えて下さい」


 なんか、優しいな……。

 さっき寳來くんと散々言い合った割に、すごく優しい。


「ありがと。優しいね」

「っ……あなたの勘違いでしょう? おれが優しいなんて、性格の判断基準がバグりました?」


 顔をそらして言う真菰くんに、笑みがこぼれる。

 ……可愛いな。

 そう思ったのは内緒だ。


「そういえば……」


 ブツブツと独り言を呟く霊弥くん。

 何? 今度は。


「眞姫瓏と真菰が本気でぶつかり合ったら、どうなるんだ……」


 独り言なんだけど、あたりが静かだったためか、内容は丸聞こえで。

 眞姫瓏ちゃんはビックリ、真菰くんは納得のいかない顔。


「えっ……わ、私ごときと、真菰くん……?」

「なんでおれが、あいつの言う通りにやるんですか?」


 二人とも渋っているけど……なんか、僕も見てみたい。

 半妖とあやかしが戦ったら、どうなるのか。


「まぁ、やってみたら」


 どうも寳來くんは、二人にやらせる気満々。

 ああもう軽いねえ……。


「や、やろっか……」

「あの無口銀頭に指図されるのはくつじょくですけど、寳來さんまで言うなら、仕方ないですねー」


 ギロリと霊弥くんが真菰くんをにらむ。

 真菰くんはチラリと霊弥くんを振り返ると、鼻であしらうような笑みを浮かべて、背を向けた。


「眞姫瓏さん、武器の準備はできましたか?」

「え、ええ、もちろん。少し待って、銃弾を込めるから」


 え、眞姫瓏ちゃんって、銃を使うの?

 ハッとして彼女の手元を見ると、そこには、ピストルほどの大きさの、少しクラシカルな銃が。


「いつ持ったんだろ」


 一人呟く。というか、翎と暁も、どこかに行っている。


 真菰くんは、袖から出した御札を右手で握っている。左手はというと、何やら胸元のものを握っていた。

 手を離した途端見えたのは、五芒星の形を模したもの。


 五芒星というのは、一筆書きで書いた形の星。魔法陣に近い、あれだ。

 どこから書き始めるのか、人によって違うあの星。


「式神の使用は禁止ですよ。勝負がつかなくなりますから」

「わ、分かってるよ」


 眞姫瓏ちゃんが、銃の引き金を握る。

 真菰くんは、右手に持っていた御札を正面で浮かせて、紫色の炎で包んだ。


「手加減していたら詰みますからね?」

「……うん。負けないよ」


 自信満々の真菰くんと違い、眉尻を下げる眞姫瓏ちゃん。

 空気が、一瞬にして変わった。


「……りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん

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