2-7 兄の訓練、僕の訓練【side 早弥】

 翌朝、ぼくは確信した。

 明らかにみんなの距離感が変化していることを。


 れいくんとこもくんは目も合わせない。お互いそっぽを向き合って、隣にも座らない。

 僕のときも合わせてはくれない。……逸らしちゃうんだよね。


 今日は朝方から訓練。……と言っても僕は見学だけで、やるのは霊弥くんなんだけど。


 今まで僕がやっているのしか見たことなかったよね? 多分。

 いいよ、見よっか。


「刀は、力で押し込もうとすると負荷がかかって折れる。十字に受け止めるのは基本中の基本だからね」


 と言いつつも、今日も今日とて雑魚ざこ式神しきがみと一戦を交える。

 今日の式神。


 丸っこいフォルムに、半透明の羽がついた謎生物。謎なんだが。


 凛とした空気が流れ込んできた。

 霊弥くんが静かに刀を振るう。

 刃は風を切り、式神を追い詰めた。

 しかし、その動きは少し不安定で、式神のひらりとした回避には、どうしても遅れが出る。


 僕は壁に背をつけ、腕を組みながらその様子を見守っていた。


「霊弥くん、なんで毎回そんなにやり方が鈍いんだろうね」


 心の中でつぶやく。


 霊弥くんは無言で、ただ刀を振る。

 確かに、基礎はしっかりしている。けれど、式神を相手にするには、もう少しだけ、柔軟さが必要だ。


 僕は手を腰に当て、わずかにため息をつく。


寳來ほうらいくん、これ、本当に雑魚?」


 寳來くんは、どこか楽しげに僕を見上げる。


「雑魚だよ」

「ふーん」


 僕が一歩前に出て、霊弥くんの背後から目を離さずに言った。


「じゃあ、霊弥くんは、雑魚に負けてるってこと?」


 霊弥くんが一瞬だけこちらを振り返るが、すぐに視線を戻し、さらに剣を振り下ろす。

 式神がそれを避け、僕の予想通り、霊弥くんはそのまま空振り。


「……やっぱりね」


 小さくつぶやく。


「霊弥くん、少し考え方を変えてみなよ。力任せじゃなくて、もっと頭を使って」


 僕がゆっくりと歩み寄ると、寳來くんがふっと笑った。


「まあ、彼は真面目すぎて固いからな」

「寳來くんにはないってこと?」


 少しだけ皮肉を込めて返すと、寳來くんは軽く肩をすくめるだけ。


「さあね。俺は適当に遊んでるだけだよ」


 その時、霊弥くんがやっと式神の動きに合わせて切りかかり、一撃で倒した。

 パシンと音がして、式神が消える。


「おお、やったね」


 僕は意外そうに声を出す。

 霊弥くんは何も言わず、ただ剣を納めて、ゆっくりと立ち上がった。


「霊弥くん、ようやく気づいたんじゃない? さっきからずっとその調子で戦ってたら、雑魚にだって手こずるよ」


 霊弥くんが目を細めて一瞬だけこちらを見た。


「……うるさい」


 その一言だけを残し、また無言で立ち尽くす霊弥くん。

 僕は軽く笑って肩をすくめた。


「まあ、いいや。お疲れ様」


 肩で息をする霊弥くんに、一応スポドリを渡しておく。

 不意に奥を見る。眞姫まきろうちゃんと真菰くんが座っていた。


「寳來さん絶対本気じゃないですよね……」


 し……正気?

 本気でやったら、鳩が飛ばされるの? 鳩が飛ぶんじゃなくて?


「え? え? え?」


 キョトンとする僕を見て、寳來くんが一言。


「前、怒りのあまり本気で式神を放ったら、宮廷の一箇所をぶっ飛ばしてしまったことがあってね」


 ……え?

 ちょ、それ……本当の出来事? 宮廷の一箇所をぶっ飛ばした? ぶっ飛ばした?


「う、嘘っ……」

「なわけないでしょ。そんな大嘘ついて何になるの」


 で、でも……すぐには、そんなこと、信じられるわけがない。

 今、混乱こんらんきょうがくが、混沌こんとんとしている(?)


「宮廷の一箇所を、ぶっ飛ばした……?」

「そう。皇帝の親戚が住まう殿てんが、ばびょーんって」

「御殿ってばびょーんって飛ぶの?」

「飛んだよ」


 飛んだんだ……。

 どんな式神を放ったら、御殿が「ばびょーん」って飛ぶんだろう……。

 しかも、結構な人数が入る建物でしょ? それがぶっ飛ぶって……。


「あの事件からだよ? お兄ちゃんが、妖力の解放を禁じられたの」

「はい、すいません」


 眞姫瓏ちゃんのお叱りに、全く反省の色が見えない声で答えた寳來くん。


「寳來くん、反省してる?」

「ん? 別に。俺の私有地なら自由にできるからね」


 いや、って……ヤバすぎでしょ、自分だけの土地をお持ちなの?

 そして、やっぱり反省してなかった。


「お兄ちゃんの欠点その一、反省しない」


 眞姫瓏ちゃんのあきれるようなため息に、お隣の霊弥くんまであきれている。……お隣の霊弥くん? なんで隣にいるんだろう?


「寳來さんの欠点その二、自信家で腹立つ。その三、見た目の割には中身がクズ。その四、特技多い。その五、ハイスペック。その六、プレイボーイっぽくて意外に一途。その七」

「途中から褒めてない? 俺のこと」

「いいえ。腹立つところを挙げてみました」


 真菰くんの毒舌は全開。行っちゃえ行っちゃえ。


「ありがとう」

「バカですか? 返答間違えてますよ」

「あんたってけなすの上手だよね」

「今さら言うこと?」


 って、気づけば寳來くんまで、なんか剥きになってない……?

 で、でも、霊弥くんの場合と違って、何か、平和な感じはするんだよなぁ……。

 やっぱ、仲の良さの違いか……。


「次、眞姫瓏。早弥を相手してみて」

「えっ、私? わ、私ごときに務まるのかな……」


 私なら分かるんだけど、私ってなんか、心配になるんだけど……。

 つくづく思うけど、あの兄妹って、性格が少しも似てない。


「でも私、人型の式神なんか作れな……」

「今の早弥の実力では、人型の式神相手じゃ死ぬからね、人語を喋るちょう程度でもなかなかの勝負になると思うよ」

「わ、分かった……」


 え、今、僕さらっとディスられた?

 そんなことは気にせずに準備を進める眞姫瓏ちゃんを見て、この子って鈍感なのかなぁと思う。

 もし分かったら、見逃さないよね……?


「えっと、れ、れい!」


 眞姫瓏ちゃんが、式神のものらしき名前を呼ぶと、どこからともなく声がした。


『はい、ご主人、様。翎は、ここに、います。何か、用があれば、お申し付け、ください』


 幼い少女のような声で、発音も舌足らずだった。

 見ると、眞姫瓏ちゃんの手元には、半透明の虹色の蝶がいた。光の差し方によって変わる、羽の色。大きさは、人の顔より少し小さいくらいだ。


 これが、眞姫瓏ちゃんの式神……。

 人語を喋るというところ、今まで相手した式神たちとは違う。不思議だ。

 ……まあ、流暢りゅうちょうではないんだけど。


「眞姫瓏、ちょう一匹じゃ、さすがに無理があるんじゃない? りんちょう一匹、加えな」


 寳來くんの助言に、眞姫瓏ちゃんはうなずいた。


「あ、あかつきっ……」

『何の用ですか、主人』


 さっきの翎っていう式神に比べて、この暁って式神、忠誠心がなさすぎない……?

 眞姫瓏ちゃんのことを「ご主人様」とも呼ばないこの精神よ。


 さっきの翎とは違う、マグマのような赤さの、半透明の羽。

 大きさは、さっきのとほぼ同じくらいに見える。


「二人とも、目の前の早弥さんが見える? 傷をつけてはいけないけど、攻撃はしてね」

『はぁ? どうやれって?』

『うるさい、暁。翎たち、は、格下、の式神。ご主人様の、命令、絶対です』


 悲報、眞姫瓏ちゃん、格下の式神に見下される。

 さて、そんなひどい暁には、ひどいお仕置きをあげようかな。


「あの、早弥さん、この子たち、元々は人間なので。絶対に殺さないで下さい。お兄ちゃんがへんに成功させた子たちなので」


 ……え、この蝶たちって、元々は人間なの?

 人間から、蝶の式神になったの?

 嘘でしょ?


「へっ?」

「まだいるからね、そういうの。例えば、今俺の首にいる、白蛇のりんとか」

『シャー』


 ……ん? 寳來くんの首に、白蛇だって?

 まさか、そんな……。


 ……。

 ………。

 …………。


 いたーーーーーーーーーーーーーーー。


「お、おおお、お兄ちゃんやめて!! へ、蛇っ……」

「ごめん。眞姫瓏は爬虫類と両生類と蝶以外の虫が苦手だっけ」

「可哀想でしょ見せつけられて」


 僕だって苦手な虫いるのに、あんな平然と見せつけられて、怖くないわけないじゃん。

 何やってんだ寳來くん。


「と……とりま、始めてくださいよ訓練を!」


 真菰くんの促しで、眞姫瓏ちゃんが姿勢を整える。

 僕もそれにならって、背筋を伸ばした。

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